第32話 冒険者になるなんて無理なんだから、諦めればいいじゃない
茜色に染まった夕暮れの修練場。
西の空は燃えるような赤色から紫へと変わりつつあり、木々の影は長く伸びて闇と一体化しようとしていた。
陽が落ちても、僕とマリーだけはその場に残っていた。
二人の長い影が静かな修練場に投影され、打ちひしがれた気持ちを物語っているようだった。
僕は、武者丸さんに完膚なきまでに負けた。
何一つ有効な手を打てなかった。
反論の言葉すら口から紡ぎ出すことができなかった。
ただ、圧倒的な力の差を見せつけられ、耳に痛い現実を突きつけられただけだった。
マリーに対して、ただただ申し訳ないという思いが胸の中で膨れ上がり、重い鎖のように僕の心を締め付けていく。
「————ごめんなさい……」
「なんであんたが謝んのよ……」
喉から自然と漏れ出た謝罪の言葉に、マリーは眉をひそめて反対した。
「どう考えても私が余計なことしたから、みんな怒ったんでしょ! 私が全部悪いじゃない!」
泣きそうな顔で、マリーは感情を吐露する。
瞳には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうになっていた。
違うんだ。
そんなことない。
余計な事をしていたのは、最初から僕なんだ。
「いいえ、僕が勘違いしていたのが悪いんです。二人でもっと頑張るべきだったのに、僕が別の事に集中してしまって————」
マリーは少しも悪くない。
僕が、マリーの別人格に固執していたのが、全部悪いのだ。
レックスさんは、そんなものなど最初から求めていなかった。
レックスさんの真意をさも理解したかのように邪推して、自分に都合のいい解釈をして。
自分自身が戦うこと、勇者達にクロという存在を真っ向から認めてもらおうとすることから、無意識のうちに逃げていたのだ。
そんなやり方で認められるはずがないのに。
仲間になんて、そんな甘い考えでなれるはずがないのに。
クロは弱気になってしまいそうな心を、なんとか奮い立たせる。
「でも、ラウムさんのおかげで、試練の期間が延びました。ここから二人で頑張れば————」
「いや無理でしょ」
希望を持たせようとした僕の言葉は、マリーの冷たい声によって切り捨てられた。
彼女の横顔は硬く、何も感じられない。
「私に冒険者をやれなんて無理よ! こんなひ弱で力もない人間がたかが数週間頑張ったところで意味ないでしょ!」
「そんな事ないですよ。力を合わせて頑張れば————」
「世界はそんなに甘くないのよ!」
マリーは拳を握りしめ、強く否定する。
あまりに強い否定に、僕は言葉を失った。
空気が凍りついたように感じられた。
まだ諦めるには早いではないか。
道はきっと開けるはずなのに。
なのに————
「どうしてそんなに……悲観的なんですか……?」
どうしてそんなに自分に自信がないんだ。
どうして自分の可能性をそこまで信用していないのか。
ここから努力すれば、どんな小さなものでも可能性を見出せるかもしれないのに。
それから目を逸らそうとしている。
その姿が、胸を締め付けた。
彼女の目には何か、僕には見えない暗い影が宿っているようだった。
「僕は、諦めません……!」
————けれど、諦めたくない。
僕がここまで来れたのはマリーのおかげだ。
彼女の支えがなければ、最初の一歩すら踏み出せていないのだ。
マリーと一緒に成功しなければ、意味がない。
彼女の存在があってこその、僕なのだから。
「二人で勇者の仲間として認めてもらう事、そのために僕は最善を尽くします。でもこれには、マリーが協力してくれないと、どうにもならない……」
マリーがいなければ、レックスさんは僕を仲間として認めてはくれないだろう。
バディを————仲間を簡単に切り捨てる冒険者など、真の勇者として認められるはずがない。
だから————
「僕と一緒に……頑張ってほしい……!」
「……」
マリーからの返事はなかった。
夕陽は完全に沈みきり、夕闇が修練場を飲み込んでいく。
空には早くも星が瞬き始め、無情にも時は過ぎていくのだということを告げていた。
*
「————勇者に対し、懐疑的になっているか……」
修練場の二人の様子を、影から盗み見る者がいた。
大きな影が建物の陰からこっそりと身を乗り出し、マリナスとクロの会話に耳を傾けていた。
その手には何かを記録するための羊皮紙とペンが握られ、時折重要と思われる言葉をメモしている。
「これは————使えるかもしれない」
そう低く呟きながら、男の影は闇の中へと音もなく消えていった。
足跡すら残さず、夜の帳に溶け込むように。
修練場には再び静寂だけが支配していった。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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