第31話 納得いかないなら、抗議すればいいじゃない
「並外れた嗅覚————これがレックスに見込まれた武者丸の才能だよ」
武者丸は獣人族。
灰色の毛並みと鋭い金色の瞳を持つ、狼の血を引いた少数部族の出身である。
その部族の中でも異端とされていた武者丸は、誰よりも鼻が効く男だった。
彼の鼻孔は僅かに広く、常に小刻みに動いている。
それは獲物の息遣いすら嗅ぎ分ける、生来の狩人の証だった。
その並外れた才能が、勇者レックスによって見出され、今や勇者一行のサブアタッカーとして欠かせない存在となっていた。
彼の嗅覚は敵の動きを先読みし、一行を幾度となく助けてきた。
「ぐ……ぐう……!」
腹を押さえながらクロは震える足で立ち上がる。
対照的に、冷静に、傷一つない状態で、その様子を武者丸は冷ややかな目で見やる。
戦況はあまりにも武者丸が有利だった。
「でやあああああっ!!」
クロが気合いの声を出して突進する。
最後の力を振り絞って剣を振りかぶり、武者丸の右手を狙った。
剣先が夕日に反射して一瞬、赤い光を放つ。
しかし————武者丸はそれを完全に読み切ったかのように、軽やかな動作で身体をひねり回避し、クロの剣は空を切った。
そして、カウンターで繰り出された武者丸の拳がクロの脇腹に正確にヒットし、またもクロは砂塵を巻き上げながら吹き飛ばされる。
「意味ないぜ。お前の動きは初めから匂いで分かってる」
最初はお前の力を見極めるために、あえて打たせてやっただけだ。
そう言いながら武者丸は獲物に近づく捕食者のような足取りでクロの方に近づく。
クロは咄嗟に顔面をガードした。
だが、それも読んでいたかのように、武者丸はガードの隙間を見抜き、鋭い拳でボディブローを喰らわせる。
肉が打たれる鈍い音と共に、クロの呼吸が止まった。
「ぐああっ!」
「だから————お前の動きは全部分かっているんだって」
全てを読み切って、的確に攻撃を加えていく武者丸。
彼の動きには無駄がなく、まるで長年磨き上げられた刃物のように洗練されていた。
毎回の攻撃が確実にクロの体力を奪っていく。
圧倒的な力の差————冒険者としての格の違いがそこにあった。
それは才能と経験の溝であり、埋められるものではない。
「お前の力はそんなもんだ。お前に才能なんてないんだよ」
お前が勇者の仲間に入るのは間違いだ。
冷たく、突き放すように武者丸は告げる。
クロの瞳から、徐々に光が消えていくようだった。
闘志に燃えていた眼差しが、今は灰色の絶望に覆われ始めている。
憧れの勇者に追いつきたくて、ずっと頑張ってきた。
自分を信じて、がむしゃらに努力をしてきた。
その結果が————憧れの存在に突き放され、才能がないと烙印を押されている。
勇者の仲間になる資格がないと————
私が、一緒にいるせいで……?
————もう、やめてよ……
そんな風に……言わないでよ……
クロの努力が全部無駄だったみたいに言うのは————
だから————
「————やめろ」
私は、気付けば武者丸の手を掴んで止めていた。
「!!」
勇者メンバーが予想外の展開に身構える。
武器に手をかけ、一瞬で戦闘態勢に入る彼らの素早さは、さすがだった。
武者丸も目を見開いて、こちらを凝視する。
「お前————」
「もうやめてください! いいでしょうもう!」
私は叫んだ。
声は震えていたが、意志は強かった。
————いつものマリーだと分かった勇者メンバー達は、緊張の糸を解き、武器を下げる。
「どうしてクロがこんな仕打ちを受けるんですか!? 確かに私は冒険者を軽んじていたかもしれません————でも……クロは違うでしょう!」
私は必死な思いで、勇者達に訴える。
荒い息づかいで、言葉を紡いでいく。
普段の自分とは違う感情の高ぶりに、自分でも驚きながら。
「クロは……頑張ってるんです。ちゃんと冒険者としての矜持があって、皆さんのことも尊敬しています! 私のような卑しい考えを持ってないんです! だから……クロが頑張ってないみたいな言い方は————」
なぜか私は怒っていた。
胸の内から湧き上がる熱い感情が、抑えられなかった。
今までは、私だけが幸せであればそれでいいと思ってたはずなのに。
なぜかそう口走っていた。
しかし————
「違うな」
短く、ただ一言————
勇者レックスは否定した。
「私は言ったはずだ。二人にバディになってもらうと。一人では力不足だから、二人で鍛錬を積んで、ドラゴンを倒せるようになって欲しいと」
この2週間はそのための期間だったはずだ。
変な小細工を労する時間ではなく。
君達がちゃんと冒険者というものに向き合うための————
レックスは冷静に、拒否の理由を説明する。
何も言い返せなかった。
レックスの言葉の重みが、私たちを押し黙らせた。
静寂が広がる。
夕陽はさらに傾き、辺りは紫色の薄暗がりに包まれ始めていた。
「……残念だよ。君達は————」
「すまん、レックス。ちょっとだけ待ってくれないか?」
すると、ラウムが少しだけバツの悪そうな表情で手を挙げる。
彼の巨体が夕陽に照らされ、長い影を地面に落としていた。
「俺がお前の狙いを見誤っていた————俺はてっきり、マリーの秘められた力の方に興味があるのだと思ってな……変な助言をしちまった」
ラウムはそう言いながら、レオナやニカチカの方を見やる。
「ああ〜〜、私も別の期待をしちゃってたかも……ごめん」
「認識の齟齬————」
「誤解————」
レオナはハッとし、気まずそうに後頭部を掻いていた。
ニカチカも目を瞑って、反省の色を示していた。
「だから、こいつらの覚悟、そして力をここで見極めるのは早いかもしれない。もう2週間————いや3週間待ってみるのはどうだ?」
ラウムはレックスに提案する。
「切り捨てるのは簡単だ。でも、グランドクエストに挑むために、俺達には仲間が必要だろう? だから、もう少しこいつらに賭けてみてもいいんじゃないのか?」
沈黙が走った。
風だけが砂を運び、時折、遠くの獣の鳴き声が静寂を破る。
レックスはしばらく目を瞑って考えた後————ゆっくりと頷いた。
「……ラウムがそう言うなら、そうしようか」
こうして————今日の試練は終わった。
私とクロ、そして勇者達との関係に亀裂を残し————
夕陽は完全に地平線の向こうに消え、空は紫から藍色へと変わっていった。
最初の星が瞬き始め、冷たい夜風が砂原を吹き抜けていく。
明日という日が、不安に滲んでいく————
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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