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第29話 転んじゃうなら、最新技術の装備をつければいいじゃない

「今日は剣術の鍛錬をしましょう」


「ぐへえ」


「今日はまた演劇を見に行きましょう」


「びええええええええん!」


「今日は肝試しをしますよ」


「ぎゃあああああ!」



 あれから幾日も過ぎ、様々な方法を試みたが、マリーの中に眠るあの存在は二度と姿を現さなかった。

 鍛錬のを続け、悲しみや恐怖といった感情を引き出そうとしても、あの時のような圧倒的な力を持つ別人格は決して目覚めることはなかった。


 どうして、あの人は現れないのだろう。

 何か別の特別な条件があるのだろうか。


 そもそもあれは、あの時だけのものだったのだろうか————



 兎にも角にも、このままじゃレックスさんの試練でドラゴンを討伐するには力不足————だろう。



 こうなったら————僕がなんとかしなきゃ。

 そう思いながら、剣を握る。


 また1人でなんとかしようとしている。

 これじゃあ、闘技大会の時と同じなのでは?


 脳裏をよぎる邪念を振り払い、僕はまた鍛錬に励んだ。

 汗と涙で濡れた修練場の床に倒れ伏すまで、毎日、毎晩、剣を振り続けた。




 そして、ついに————レックスの試練の日。



 冒険者修練場。

 王国の旗と冒険者ギルドの紋章が、風に揺れる。


 勇者一行が全員、修練場に集結していた。



「準備は出来ているな?」


「……はい」



 レックスが鋭い視線で僕の目をまっすぐ見つめ、冷静に確認した。

 それに対し、僕は少し目を逸らしてしまう。



「またあの最強モードのマリーに会えると思うとワクワクするね……!」


「魔王の————」


「復活————」



 レオナとニカチカがひそひそと期待を込めた会話を交わしている。

 彼らの声は小さいながらも、僕の耳に届いていた。


 やはり期待されているのは、マリーの別人格。

 僕じゃない。



 結局、別人格を呼び出すこともできなかったという後ろめたさもあるが、それよりも————


 僕に関しては……何にも期待されていないのではないか————



「ん? マリーはどこに行ったんだ?」


「あれ? さっき、準備してきますって言って、なかなか出てこないね」



 レックスの背後で腕を組んで待機しているラウム達が、修練場の控室の方を気にする様子が見えた。

 僕もいつまで経っても出てこないマリーのことが少しだけ気になった。



 そんなに長く準備に時間がかかるとは思えない。


 いや、まさか————



「お待たせしました————」



 全員が一斉に声の方向を振り向いた。

 石畳を重々しく叩くような足音が聞こえる。



 くぐもった、どこか無理に低くしたような声。


 鎧がぶつかり合う金属音が混じる重厚な足音。



 そこにいたのは————



「我が名はマリナス・アンドレアス! 冒険者王になる女だ!」



 一瞬で、その場が静かになる。



 場に漂う困惑の静寂は、まるで時間が止まったかのように全ての者を包み込んだ。


 首をかしげる仲間たちの頭上には、無数のはてなマークが渦巻いているようだった。



 僕の嫌な予感は的中してしまった。



「えっと……マリー? その格好って————」


「よくぞ聞いてくれました! このフルプレートアーマーは王国の最新技術が使われていて、機動力と動きやすさが大幅に向上しているんです! だからほら! 転ばない!」



 マリーは得意げに片足立ちをしてみせる。

 その姿はまるで子供が新しいおもちゃを自慢するかのようだった。


 場の空気は白けたままで、誰も何を言っていいのか分からない様子だった。

 マリーは次第に不安になったのか、首をかしげ、キョロキョロと周囲を見回す。



 彼女の姿は、まるで冒険者になりきった子供が遊びに来たかのように見えた。


 本物の冒険者たちが命を懸けて戦う現実を、知らず知らずのうちに侮辱しているようにも思えた。



「お前……舐めんじゃねえぞ」



 重い沈黙を破るように、武者丸の低い声が唸るように響く。


 額に青筋を浮かび上がらせ、彼は明らかに怒りを抑えきれていなかった。

 マリーの的外れな行動が、冒険者としての矜持に触れたのだろうか。



「そういう装備は、腕に覚えがあって初めて機能するもんだ。お前みたいなまだ何もしてねえ温室育ちのお嬢様が着たってよお————」



 武者丸は背中から巨大な剣を引き抜いた。


 その動きはあまりに素早く、僕の目では捉えきれなかった。

 まるで光の残像のように見える抜刀と共に繰り出される、無数の斬撃。



 金属が破裂するような轟音が修練場に鳴り響き、一瞬の閃光の後————



 マリーの着ていた鎧は、まるで紙を裂くかのように無数の破片となって地面に散り落ちていた。



「意味ねえんだよ……強いやつが装備しなきゃ、それはゴミだ」



 マリーは何が起きたのか理解できず、茫然と立ち尽くしていた。

 彼女の顔からは血の気が引き、青ざめる。



「お前……やる気あんのかよ」


「わ、私は……私なりに考えて……冒険者になろうと……勇者様のお役に立とうと————」


「————そうかよ」



 武者丸は氷のような冷たい表情を浮かべたまま、無言で手を振り上げた。

 その動きを見た瞬間、僕の体が本能的に反応した。


 風を切る音と共に、僕はマリーの前に飛び出し、武者丸の剣を必死に受け止めた。

 鋼鉄同士がぶつかり合う衝撃が、僕の腕から全身に響き渡る。



「きゃっ!」



 衝撃の余波にマリーは後ろに倒れ込んだ。

 瞳に恐怖と混乱が入り混じる。



「今の————当たったら大怪我していたんですよ……どういうつもりですか?」


「こいつは冒険者になるって言ったんだ。これくらいの攻撃、受け止められて当然だろ」



 二人は互いに剣を強く振り払い、敵対するように距離を取る。

 空気が張り詰め、修練場の温度が一気に下がったように感じられた。



「いいか? グランドクエストは遊びじゃねえ。そこら辺のダンジョンに遊びに行くのとは訳が違えんだよ。並の人間が挑めば、絶対に生きて帰れねえ。才能のある奴が努力して初めて、戦いになるんだよ」


「そんなこと……分かってますよ……!」



 僕は歯を食いしばりながら言い返した。

 冒険者という道が安易なものではないことは理解しているつもりだ。


 生きるか死ぬかの瀬戸際で戦い続ける過酷な運命。

 勇者に付き従うなら、その困難は何倍にも増すだろう。



 だからこそ、僕は自分の役割を果たそうと必死だったのに————



「————おい、レックス。こいつのこと、俺が試してもいいか?」



 武者丸が不敵な笑みを浮かべながら、レックスに提案する。

 その目には冷酷な闘志が宿っていた。



「やめなよ、バカ丸。 何勝手に————」


「この俺がこいつ甘っちょろい幻想をぶち壊してやるよ……!」



 レオナも制止しようと声をかけるが、武者丸は聞く様子がない。

 そもそもレオナの声にも、あまり止めようとする意思がなかったように思える。


 武者丸が僕の方を鋭く睨みつけてきた。

 その視線には軽蔑と怒り————燃えるような感情が混ざっているような気がした。



 そして————レックスがゆっくり口を開く。



「————いいだろう」


「よっしゃあ!」



 レックスの冷静な許可の言葉に、武者丸の表情が一瞬で戦闘モードに切り替わる。



「————行くぞ三下ぁ!」


「くっ……!」



 僕と武者丸の剣がぶつかり合い、激しい火花が散る。


 二つの鋼鉄の衝突音が、修練場全体に響き渡った。



読んでくださりありがとうございます。



主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。

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