第27話 宝石を見つけたら、あげればいいじゃない
月明かりの青い光に照らされた図書館の廊下を僕達は進む。
影と光が交錯する中、古ぼけた本棚の列が威圧的に立ち並び、まるで異界への門番のように僕達を見下ろしていた。
奥に進めば進むほど、不気味さは増していく。
そんな中で、僕は部屋の扉をガツガツと開けていった。
一つ一つのドアノブを掴む手には迷いがなく、部屋の中を次々と確認していく。
「ちょっと! そんな不用意に部屋パカパカ開けて、なんか出てきたらどうすんのよ!」
「大丈夫です! 僕が守りますから」
「いや出てきた時点で怖いんですけど!?」
マリーが顔を青くしながらも、1人にはなりたくないと僕の後をついてくる。
細い指が僕の服の端を掴み、離そうとしない。
その手には微かな震えが感じられ、恐怖が伝わってくる。
しばらく探索を続けていると、図書館の構造に違和感を見つけた。
下の階では同じ所に部屋があったのに、この階だけ部屋がない。
同じ間取りのはずなのに。
「あれ? ここだけ不自然に部屋がないですね。ここまでは均等に等間隔で部屋があるのに」
「いやいやいや、別にそんな変なことじゃないじゃん。部屋が無くたっていいですやん」
マリーは早く帰りたいのかそんなことを言うが、僕はどうしても気になった。
冒険者としての勘が、この不自然さの裏に何かが隠されていると叫んでいた。
僕は不意に本棚を触ってみる。
分厚い皮の装丁が施された古書が整然と並ぶその本棚は、他のものより若干新しく見えた。
木の質感も異なり、埃の積もり方も不自然だ。
指先で慎重に棚の端を辿りながら、その一番右上を、なんとなく押し込んでみた。
すると、かすかに「カチッ」という機械的な音が鳴り、本棚の背後から歯車が噛み合う音が響いた。
一瞬の静寂の後————本棚全体が振動を始め、ゆっくりと左側へ滑るように動き出した。
「ひいい!!」
「か、隠し扉だ」
「ちょちょちょ、中は見ないどこ? もうここで帰ろうって————容赦なく開いていく〜〜!」
マリーが隣で叫んでいる中、僕はその隠し部屋の中をのぞいてみた。
好奇心が恐怖を上回り、足は勝手に前へと進む。
すると、そこには————
「な、なんだこれ……?」
中は途轍もなく幻想的な光景が広がっていた。
壁一面に埋め込まれた無数の水晶が、マーブル模様の床に虹色の光を反射させている。
天井には星座を描いたような輝く点々が浮かび、まるで夜空そのものを切り取ったかのようだ。
ところどころには魔導書らしき古い本が整然と並び、その背表紙には古代文字が金箔で刻まれている。
部屋の中央には、精巧に刻まれた魔法陣の中に赤い宝石が置いてあり、キラキラと輝いていた。
「綺麗……!」
僕の後に続いて部屋に入ってきたマリーは感嘆の声を漏らす。
マリーの表情には先ほどの恐怖の色はなく、太陽のように輝かしい笑顔になっていた。
そして、部屋の中央にある宝石に注目する。
子供のように両手を胸の前で握りしめ、目を輝かせながら宝石に近づいていった。
「こ、これかも! 王宮のどこかにある宝石って!」
興奮した様子で指を差す。
彼女の瞳には宝石の輝きが映り込み、顔全体が赤く照らされていた。
「これってルビーかな? 魔力とかって宿っているかしら……?」
「……確かにこの宝石には魔力が宿っているみたいですね」
「ホントに!? じゃあこれをレックスさんにプレゼントすれば————」
そこまで言って、マリーはハッと口を押さえる。
「べ、別に変な意味で渡すわけじゃないからね!? 確かにリゼッタはルビーの意味には『純愛』とか『情熱の愛』みたいな意味あるとか言ってたけどそんなんじゃ————」
「————これ、よく見たらルビーじゃないですよ」
「え?」
僕はその宝石をじっと見つめてそう結論づける。
光の当たり方、内部の結晶構造、色の濃淡など、細部まで注意深く見極め、そして確信に満ちた声で告げた。
「レッドアンバー、めちゃくちゃ希少な宝石ですよ……!」
「な、なんでそんなこと分かるのよ」
「僕の故郷が鉱石の産出地だったので、石には詳しいんですよ。でもレッドアンバーなんて初めて見ました」
僕は懐かしさと誇りを混ぜた表情で宝石を見つめる。
幼い頃に父から教わった鉱物の知識がたまたま役に立った。
「ただ————確かに魔力はありますが、アンバーは戦闘向きの魔石じゃないですね。どちらかというと、何かを封じめたりするのに使用したりしますよ」
「ええ? じゃあ意味ないじゃん〜〜」
マリーは肩を落とす。
まるで風船から空気が抜けたように、落ち込んでいた。
戦闘に使えそうな魔石を探していたのだろうか。
「————じゃあ、これ、あんたにあげるわ」
マリーはそう言いながら、その宝石を僕に渡す。
「え? そんな勝手にいいんですか?」
「こんな不気味なところにあった宝石なんて、誰も欲しがらないわよ」
少しだけ頬を赤らめて、僕にそう言う。
彼女の目は宝石ではなく、僕の顔をじっと見つめていた。
「な、なんか、あんたにあげたくなったのよ。つべこべ言わずにもらっときなさい……!」
目を逸らしながらマリーは僕に宝石を手渡す。
照れ隠しの強気な態度だったが、僕はその仕草に、なんだか心が温かくなった。
窓から漏れている月明かりが、宝石と僕達を幻想的に照らしていた。
「大丈夫でしたか? お嬢様————結構時間がかかってましたが……」
図書館の入り口で待っていたテレシーが駆け寄ってくる。
全然戻ってこないから、何かあったのかとちょっと心配したみたいだった。
「ま、まさかとは思いますが……赤い化け物はいたのですか?」
二人は顔を見合わせる。
一瞬の間があり、二人だけの秘密を共有するような目配せが交わされた。
そして、マリーはニヤリと笑みを浮かべ、テレシーに耳打ちする。
「ええ、あったわよ」
「え? まじで?」
驚くテレシーを横目にマリーはまた、僕の方を見て笑うのだった。
優しく穏やかな笑顔。
月明かりに照らされた彼女の横顔は、まるで絵画のように美しく輝いていた。
全く……
人格を引き出す作戦だったのに————これじゃあ、作戦失敗じゃないか。
心の中でそう思ったが、マリーの笑顔に釣られて、僕も自然と笑顔になっていた。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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