第26話 お化けが怖いなら、あの時の約束を果たせばいいじゃない
薄暗い図書館の入り口に立つ僕達を、重厚な木の書架と紙の匂いが出迎える。
天井から垂れ下がる光のついていないシャンデリアが、月明かりの微かな光を反射し、幽玄な模様を描いていた。
本棚に整然と並べられた古書からは、魔力のような不気味な、空気中に漂っている気配がした。
「うう〜怖いよぉ〜」
「いやあの……まだ、入って2歩しか進んでないですよ……」
隣のマリーは腰が引けていた。
顔は青ざめ、瞳にはうるうると涙を溜めている。
細い指が僕の袖をすごい勢いで掴んでいた。
十分に恐怖は感じているようだ。
マリーからあの人の人格を引き出すには、恐怖が引き金になる————という仮説を確かめるには、今が絶好の機会かもしれない。
だが、あの人の人格はまだ表には現れていなかった。
「マリー……? 何か体に変化とかはありませんか?」
「……どういうことよ」
「その……何か体から出そうだとか、ムズムズするみたいな————」
「私が漏らすって言いたいの!? 張り倒すわよ!!」
「いや……すんません」
特に体調も変わってないらしい。
いつもより口調が暴力的になっているような気がしなくもないが、人格が変わったというのとは違う気がする。
これも空振りだったのだろうか。
やはり、トリガーは恐怖でもないのだろうか。
いや、もう少し脅かしてみよう————
このいい感じに不気味な図書館なら、もっと強い恐怖を引き出せるはずだ。
「うわあ! あそこに血だらけの女の人が!」
「きゃあっ!」
「ごふうっ!?」
すると、マリーが僕の鳩尾に突撃してきた。
彼女の頭部が予想外の速さと力でクリーンヒットし、痛みに少し呻く。
そして、マリーの甘い匂いが鼻腔を刺激した。
彼女の小さな体が僕の体に密着し、温もりが直に伝わってくる。
僕の体温が急激に上昇し、ドギマギした。
「あ、あのちょっと……そんなにくっつかなくても————」
「どうして……」
だがそこで————マリーの啜り泣く声が聞こえてきた。
「どうして、こんな怖い思いしないといけないの……?」
その声は小さく震え、図書館の静寂の中に響く。
ま、まずい。
脅かしすぎてしまっただろうか。
実験のためとはいえ、彼女をここまで追い詰めるつもりはなかったのに……
小さく縮こまった弱々しい背中。
彼女の震えが僕の胸に直に伝わってくる。
胸の辺りがツンと痛んだ。
そういえば、闘技大会の時も彼女はずっと震えていた。
そんな中でも、彼女は僕の状態を気遣い、手当てをしてくれた。
傷だらけの僕の体に、優しく薬草を塗り、包帯を巻いてくれたのだ。
決勝では、勇気を振り絞って僕を庇ってくれた。
僕はずっと、マリーに助けられてきたのだ。
あの時の恩を、僕はまだ返せていないじゃないか。
それを、自分勝手にこんなことに付き合わせて————
僕は何をやっているんだ。
僕は拳をギュッと握りしめる。
爪が掌に食い込み、微かな痛みが走ったが、その痛みは自分への戒めとして受け入れた。
僕はマリーの肩を優しく掴む。
「マリー、僕を見てください」
僕はそう言って顔を上げさせた。
涙で濡れた頬、赤く腫れた目————その姿に心が痛むが、今は彼女を勇気づけなければならない。
「僕があなたを守る————その約束はまだ有効です」
闘技大会で誓った約束。
この大図書館の中で、再び誓いを新たにする。
「どんな化け物が出ようと、僕がマリーを守りますよ」
「クロ……」
少し落ち着いたみたいだった。
彼女の目の光も、わずかながらも戻ってきた。
震えも徐々に収まり、呼吸も整ってきている。
「無理をさせてしまいましたね。僕が責任を持って————共に魔術師の部屋を見つけ出しましょう」
「いや、もう帰る流れじゃないの!?」
「だから帰るって言うほど進んでないですって。せっかく来たんだからもうちょい奥行かないと」
「ええ〜〜〜〜!」
イヤイヤと抗議するマリーの腕を、僕は再び掴んで進み出す。
図書館の夜は、まだまだ長かった。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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