第20話 戦う力がないなら、それ以外で役に立てばいいじゃない
「ぶふうううう〜〜〜〜」
私はためらいもなくベッドにダイブした。
柔らかい寝具が体重を受け止め、心地よい感触が全身を包み込む。
窓から差し込む薄明かりが、部屋の隅々まで淡い影を落としていた。
テレシーに「埃が舞うからやめなさい」と叱られた記憶が頭をよぎったが、今はそんなことを気にする余裕もない。
気づけば窓の外は漆黒の闇に包まれ、銀色の月が夜空に浮かんでいた。
宮殿の夜は、独特の静謐さを纏っている。
水晶のシャンデリアが廊下に優雅な光を投げかけ、大理石の床には侍従たちの忙しない足音が響く。
晩餐会の準備で、王宮全体が慌ただしく動いている。
貴族達は最上の衣装に身を包み、政治的駆け引きの舞台へと足を運んでいくところだろう。
晩餐会の時間————今なら、私も次期女王としての地位を確立すべく行動する時間だった。
だが、今日はそんな気力も湧かない。
今日は色々なことがありすぎた。
まさか、私が冒険者になっちゃうだなんて————
「————無理だよなぁ……普通に考えて」
大きく息を吐き出しながら、天井に向かって呟いた。
ドラゴン倒すとか、正直無理すぎる。
あんなの人間が太刀打ちしていいもんじゃない。
ラウム達は何か勘違いをしている気がするが、私は強い力なんて何にも持っちゃいない。
こんなにか弱い女の子が、誰かに守られるべきお姫様が、冒険者になれるわけがないのだ。
「でもなあ……ここでやっぱり無理です〜〜とか言って逃げると、島流しなんだよなぁ……」
冒険者ルートから外れると、一昨日と同じルートに戻ることになり、政治の道具として王国から追放されることになる。
つまり、冒険者として成功することこそが、私がこの国の女王になるための唯一の道なのだ。
力がないから冒険者になれない。
冒険者になれないなら王国を追放される。
正直……詰んでないか?
だがしかし————この運命から逃れることは、もう許されない。
どれだけ状況が絶望的でも、足掻き続けるしかないのだ。
「————こうなったら、私にできることは一つだ……!」
私の目指すべき場所が、霧が晴れるように明確になる。
結局、やるべきことは変わらない。
勇者達に私という存在価値を示す。
戦えなくても、勇者達に私が必要不可欠だと思わせればいい。
王女として存在価値を示すという、今までやってきたことと本質的には同じなのだ。
それならば、王女として王女なりの戦い方がある。
周りの空気を読み、望まれたことをやり、望まれた役に徹する。
それ以外に、私の生きる道はない。
「よおし……! 頑張るぞ!」
私は拳を握りしめ、決意を新たにする。
絶対に勇者達に私の価値を見せつけて、王女として誇り高く国に凱旋するのだ。
その姿をお父様に、そしてあの人————ヴィオレッタに見せてやる。
————その決意に、ほんの少しだけ陰りがあったことを、この時、私は無視した。
私がそうやって勇者達に認められた場合————
クロは、どうなるのだろう————
*
僕はそっとベッドに潜り込んだ。
夜の静けさが部屋中に満ちていた。
窓から漏れる月明かりが、木製の床に銀色の模様を描いている。
遠くでは、夜行性の鳥の鳴き声がかすかに聞こえ、街の喧騒も徐々に落ち着きを見せていた。
隣の部屋には、勇者一行のメンバーが寝泊まりしている。
勇者の仲間という肩書きで、一緒の宿にしてもらえたのだ。
数日前なら、涙を流すくらい喜べたことだろう。
幼い頃から憧れ続けた勇者の隣で眠れるなんて、夢のようだ。
だが、今の僕は素直には喜べない。
胸の奥に、どうしても晴れない靄のような思いがある。
僕は————クローム・ノアは、勇者の皆さんに期待されていないからだ。
今日、寝る前にレックスさんの右腕————ラウムさんに言われた。
『マリーのあの力には、おそらく発動条件がある。その条件の一つにクロ————お前の存在が必要な可能性があるんだ。だから、レックスは勇者の仲間として、お前も引き入れた————」
その助言で、僕の役割は確定した。
レックスさんの目当ては、明らかにマリーだ。
マリーが闘技場で見せたあの力は、それくらい強烈だった。
まるで神話の中の英雄のように敵を薙ぎ倒す姿は、今でも鮮明に覚えている。
本人はその時の記憶を失ってしまったみたいだけど。
それでも、みんなマリーの力に期待していた。
そして、僕は————彼女の引き立て役として呼ばれたんだ。
試練の内容を言い渡されたあの時、僕も戦えるんだと証明したかったが、レックスさんに拒否された。
彼のきっぱりとした口調に、反論の余地はなかった。
きっと、僕の力なんて、必要ないんだ————
「————きついな……」
せっかく憧れの勇者の仲間になれたのに。
こんな形では、素直に喜べるはずがない。
マリーは、夢に一歩近づけたって言ってくれたけど————
そんな風には、思えないよ。
「————しっかりしろ。僕……!」
僕は自分の頬をパンパンと叩く。
これはきっとチャンスだ。
僕の力が必要だということを示すチャンス————
マリーの力を発揮させるために、僕が必要なら。
それが僕の存在価値。
僕がここでやるべきことだ。
それに————マリーのあのもう一つの姿に、もう一度会ってみたいというのもある。
マリーが真の力に目覚めたあの時、マリーは別人のようになっていた。
雰囲気も性格も、まるで性別すらも変わってしまったかのように。
人格————というのだろうか、それが変わっていた。
まるで別の誰かが、マリーに乗り移っていたかのように。
あの時のマリーの戦い方は、とても魅力的だった。
動きの一つ一つが無駄なく、まるで何百年も戦いを続けてきた戦士のようだった。
一騎当千。
一人で複数を相手にできるあの戦い方。
もし、彼女(彼?)にもう一度会うことができれば、僕の冒険者としての道も、切り開かれるような気がするんだ。
「よし……明日も頑張ろう!」
何事も前向きに捉えよう。
僕は決意を新たにした。
————その決意に、ほんの少しだけ陰りがあったことを、この時、僕は無視した。
僕や勇者達が、マリーの裏の力に頼っていることを————
マリーは、どう思うのだろう————と。
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