第17話 勇者を手下にしたいなら、冒険者になればいいじゃない
朝日の光が高窓から差し込み、大理石の床に黄金の光の道を描く。
玉座の間は、王国の権威そのものを体現したような荘厳さに満ちていた。
玉座に座るお父様————アンドレアス国王の姿は、まるで彫像のように動かず、威厳に満ちていた。
その前には、勇者レックスを始め、勇者パーティのメンバーが勢揃いしていた。
勇者一行の中には、クロの姿もあった。
彼は緊張した面持ちで、自分が場違いな場所にいるかのように肩をすくめている。
「遅くなりました。お父様」
「うむ」
お父様は厳かに頷く。
王としての表情のまま、視線を正面へと戻した。
王の視線が向けられた瞬間、部屋の空気が引き締まる。
「それで————勇者殿、要件を聞こうではないか」
「はい」
勇者レックスは、毅然とした態度で一歩前に出た。
彼女の正装は王室の紋章が刻まれた床の上で輝きを増し、その姿は昔から語り継がれる英雄の絵画のようだった。
レックスは背筋を伸ばし、凛とした声でお父様に告げた。
「この王女————マリナスを、我が勇者一行に加えさせていただきたいのです」
「————————へ?」
その言葉が玉座の間に響き渡った瞬間、時間が止まったかのように感じた。
な、なんて?
私が勇者一行に? なんで?
ということは————私が、冒険者?
王女のこの私が?
いやいやいやいやいやいやいやいや。
冗談じゃない。
冒険者と言えば、『きつい、汚い、危険』の異世界における3Kではないか。
泥だらけになって魔物と戦い、野営地で硬いパンを齧る生活でしょ。
今の贅沢安定生活を捨てて、冒険者になるなんて絶対にあり得ない。
「どうしてだ?」
お父様の低い声が、高い天井から反響して戻ってきた。
国王の眉が僅かに寄り、疑問の色が浮かんでいる。
そうだ。
訳を聞かないことには判断のしようがない。
私は慌てて姿勢を正し、ドレスのスカート部分を無意識に整える。
そして改めて勇者達の方に注目する。
勇者レックスの横には、最初に会った大柄の冒険者が立っていた。それ以外にも、毛並みの美しい狐の耳を持つ獣人や、私の腰ほどの高さしかない小人のような魔法使いなど、個性豊かなメンバーが揃っている。
一番後ろにいる新米冒険者————クロは私の顔を見ては、なぜかおろおろとしていた。
「ええ……ほ、ほんとに王女様だったなんて」
いやまだ信じてなかったのかよ。
心の中でツッコミを入れる。
昨日、ずっと一緒に過ごしていたのに、まだ疑っていたなんて。
すると、勇者レックスがこちらに視線を移し、深い青色の瞳で私を見つめた。
「————まさか、本当にこの少女が一国の王女だとは思いませんでしたが」
「いやあんたも信じてなかったんかーーい!」
思わず口に出る。
ハッとして口を覆うがもう遅い。
玉座の間の厳かな空気が一瞬で砕け、衛兵達が驚いた表情を浮かべる。
勇者パーティの大柄な男が、豪快な笑い声を上げた。
「最初、王女だって言われた時、新手の詐欺だと思ったからなぁ」
「そりゃ、王女が闘技大会に出るとは思わないよね」
勇者パーティのメンバーが次々と言葉を重ねる。
そ、それ以上、言わないで〜〜
自分の過去の行いに頭を抱えたくなる。
というか何?
私ってそんなに王女感ないの?
「————まあ、ともかく。この王女様には才能があります。戦いにおける並々ならない才能が」
「え? え?」
勇者レックスの言葉に、私は目を丸くした。
いやなんで?
そんなわけないやん。
自分、クロの後ろで見てただけですやん。
頭の中で記憶を必死にたどるが、闘技大会でどんな活躍をしたのか、まったく思い出せない。
闇の中をさまよっているような、もどかしさを感じる。
しかし、他の勇者メンバー、そしてクロの方に目を向けてみても、至って真剣な表情をしていた。
な、なんでだ?
失われた記憶の中で一体何が起こっていたんだ?
「にわかには信じられんが、まあ勇者殿の言葉なら信じるとして————だが、駄目だ」
お父様の断固とした声が響き渡った。
私はパァっと顔を輝かせる。
心の中でガッツポーズを取りながら、お父様に感謝の眼差しを送った。
「マリナスはこの国の資産だ。冒険者をさせるつもりはない」
そうだよなそうだよな。
次期女王になるのだから、冒険者になる暇なんてない。
まだまだ私には、王室の礼儀作法とか政治学とか、なんか色々マスターしなければならないのだ。
それだけでも時間が足りないのに、冒険なんて言語道断。
安堵の表情を隠せないまま、私は勇者たちの方を見る。
勇者レックスは一呼吸おいて、重々しい声で言った。
「————王女が私達の仲間になることを許してくれるのであれば、代わりに私達がアンドレアス王国の傘下に加わる事を約束しましょう」
「え!?」
「ちょ、ちょっとレックス!?」
レックスの突然の言葉に、勇者パーティのメンバーも動揺する。
王国の傘下に入る————
つまり、アンドレアス王国の兵士の一人になる……ってこと?
そ、それって————
「この国に足りないのは軍事力と聞いています。私達が参加に入れば、国力の増強と共に、周辺諸国への牽制、外国の冒険者への宣伝にもなります」
あ、そっか〜〜
私言ったわ〜〜軍事力を強化したいって勇者レックスに言ったわ〜〜
私は当時の軽はずみな発言を呪った。
まさか自分が冒険者として勇者の仲間になるなんていう話が出るなんて、夢にも思ってなかったから。
でもどうして————
私みたいな弱っちいのを仲間にするために、そこまでするんだ。
魔法もろくにできないし、剣の振り方も知らない。
勇者の役に立つなんて考えられないのに————
「ふむ……何を考えているかは分からんが、考慮に値する条件だ」
すると、お父様が口元に手を添えて思案する。
顎髭を撫でながら、瞳の奥で何かを計算しているようだった。
もしかして……この流れまずいか……?
「勇者殿、マリナスを仲間にしてどうするというのだ?」
お父様は当然の疑問を口にする。
それに対し、レックスは真面目な表情で答える。
「私達はグランドクエストをクリアするために、この地にやってきました。クエストをクリアした暁には、王国軍の一助になることを約束しましょう」
「そうか————分かった」
お父様はそう言うと玉座から立ち上がる。
その動作は重々しく、決断の重さを表すかのようだった。
そして、私に向けて言い放った。
「マリナスよ。勇者一行の一員となり、グランドクエストを達成してもらう」
「え、えええええええええ!?」
私は顔を青くして、絶望の声を上げた。
その声は玉座の間の天井まで響き渡る。
なんとか考えが変わらないかと、お父様に食い下がろうとするが————
「ちょちょちょちょっとお父様!? 私、一国の王女なのですよ!? それが冒険者だなんて————」
「これは決定事項だ。励みなさい」
ああ、終わった————
これもう聞く耳持ってくれないパターンだ。
お父様の険しい表情を見れば明らかだった。
あの頑固な表情は、どんな反論も受け付けないという意思表示だ。
幼い頃から何度も見てきた顔だった。
「話は終わりだ」
お父様のその言葉を最後に、私達は玉座の間から出される。
冷たい廊下に立ち、私は自分の運命が一変したことを実感した。
こうして————王女として贅沢安定生活を過ごしていた私だったが、泥臭い冒険者への道へと転落してしまうのであった————
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