第161話 魔石を作ったのは、二人いたから
マリナス、そしてクロの二人が、戦場に向かって走っていった。
王妃クセルは、その姿を静かに見送る。
いつの間にか、走りゆく我が娘の背中が大きくなっていることに気づいた。
「クセル様、お加減は大丈夫ですか?」
「————流石に、少し疲れたわ」
ほんの少し、目眩を感じていた。
これほど長い時間、外の空気に触れていたのは久方ぶりのことだった。
クセルは、テレシーが気を利かせて用意してくれた椅子にそっと腰を下ろした。
「浮かない顔ね。テレシー」
侍女の表情を見て、何かを深く考え込んでいることにクセルはすぐに気づく。
先ほど語った昔話の不自然な点を、聡明な彼女なら見抜くだろうと予想していた。
「————納得がいかなくて……どうしてその宮廷魔法士は、そんな宝石を用意していたのでしょうか」
宝石————呪いを封じる魔石————
ある意味、その魔石も宮廷魔法士の努力の結晶である。
「話を聞いている限り、その宮廷魔法士が貴族達に情けをかける理由はありません。復讐の鬼だったはずの彼女が、どうして、もしもの時のための安全装置のようなものを?」
もっともな疑問だと、クセルは心の中で頷く。
憎しみに駆られて命を賭してまで呪いをかけた女が、同時にその呪いを封じる手段にも心血を注いでいた。
宮廷魔法士の存在に矛盾が生じているのだ。
だが、クセルはその答えを知っていた。
「それはね————彼女は二人いたからよ」
テレシーは首を傾げる。
「二人……双子のようなものですか?」
「いいえ、同じ人間の中に魂が二つあったのよ」
同じ人間の器に、魂が二つ。
見た目は同じ人間のなのに、人格が入れ替わる————
そこまで聞いて、テレシーがハッとしたような表情になった。
「そ、それって————」
「そう、マリナスと同じよね」
マリナスは先日、テレシーを守ろうとして、鬼のように変貌したと聞いている。
その時以外にも、別人のようになる時があると、度々報告を受けていた。
宮廷魔法士も、そんなマリナスと同じだった。
「宮廷魔法士の魂は、度重なる仕打ちにより分裂したのよ。復讐を願う悪魔と、それでも王や民に尽くしたいと願う天使に————」
王宮で何度か彼女に会ったことがある。
いつもは大人しく儚げな性格だったが、ある日、鬼のように豹変する彼女を一目見たことがあったのだ。
それは憎悪に満ちた、復讐の悪鬼。
彼女の中には、鬼が潜んでいたのである。
「どうして、その時の鬼がマリナス様の中に……?」
「さあ、それはどうでしょうね」
マリナスの内に宿る鬼の存在が、かつての宮廷魔法士のそれと同じものなのか————それは誰にも断言できないだろう。
もしかすると、宮廷魔法士の悪魔の魂が、何らかの形でマリナスに宿ったのかもしれない。
それともマリナス自身に、魂が分裂するような————そんな経験があったのか————
そこまで思案したが、テレシーには言わないでおいた。
「さて、私のことはいいから、あなたも動きなさい」
「……はい」
どこか釈然としない面持ちを浮かべながらも、テレシーは言われた通りに動き出した。
そして、残された王妃クセルは、遠くを見つめて、自身の娘に思いを馳せた。
頑張りなさいよ————マリナス————
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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