第153話 血が止まらないなら、塞げばいいじゃない
「うう……」
下からリゼッタのうめき声が聞こえたことで————ヴィオレッタは我に返る。
真っ赤な液体が傷口からとめどなく流れ続け、娘の顔色はますます悪化していた。
血が止まらない……!
「そんな————こ、このままじゃリゼッタが!」
ヴィオレッタの声に反応し、マリナスが駆け寄る。
「さっきのモンスターにやられて————こんな————」
ヴィオレッタの腕の中で、苦悶の表情を浮かべている。
普段は気丈な性格のリゼッタが、これほどまでに弱々しく見えることなど今まで一度もなかった。
いつも笑顔で、人形のような————
嫌な顔をせず私の言うことを聞いてくれた————
あれはでも、私がそうさせていたから……?
「ち、血が止まらないの! 早く医者を見つけなきゃ!」
「ヴィオレッタさん————」
思考がまとまらなくなり、パニックに陥る。
理性が完全に飛んでしまい、呼吸が浅く荒々しくなっていく。
胸が締め付けられるような感覚に襲われ、視界の端がぼやけ始めた。
「白魔道士なのかしら……とにかくはやく————」
「ヴィオレッタ!」
突然響いたマリナスの鋭い声に、全身がビクリと震え上がる。
混乱状態に陥っていた思考が、その一声によって強制的に中断させられた。
「死なせたくなかったら、患部を抑えて!」
「は、はい!」
言われた通りに患部を抑える。
震える手で必死に傷口を押さえつける。
温かい血液が指の隙間から溢れ出すが、それでも力を込めて圧迫し続ける。
すると、騎士が駆け寄ってきた。
「マリナス様————」
「近くに医者、または白魔道士はいますか?」
「い、いいえ」
「では、清潔な水、布、それから縫い針とできるだけ綺麗な糸を持ってきてください————私が応急処置をします」
そのように指示をすると、マリナスは甲冑を脱ぎ、身軽な格好になる。
部下の騎士は命令を受けるや否や、瞬時に必要な道具を調達してきた。
マリナスは清潔な水で手を洗うと————すぐに処置を始めた。
「これは……民間医療……?」
目の前で繰り広げられる光景に目を疑う。
熟練の医療従事者のような手つき。
白魔法が普及する世の中で微かに残っていながらも、歴史があり、確かな理論のある治療法。
しかしその実態は————人生を賭けなければ会得できないと言われるほど、複雑で繊細で、非常に高難易度なものだと聞いたことがある。
それをこの王女は————王女とは思えないほど慣れた手つきで治療を進めていた。
清らかな水で血液と汚れを丁寧に洗い流し————
細い針と糸を使って、裂けた皮膚を一針一針丁寧に縫合していく。
その所作には一切の躊躇がなく、まさに職人技と呼ぶべき美しさがあった。
「あなた……こんな技術どこで……?」
「————18年間の努力ですよ」
「え?」
小さく呟かれた言葉が、周囲の騒音にかき消されてしまう。
何か重要なことを言ったような気がしたが、娘の容態に気を取られて聞き逃してしまった。
神技としか言いようのない手当てが完了すると、先ほどまで止まらなかった出血が嘘のように収まっている。
リゼッタの顔からも苦痛の影が薄れ、安らかな表情を取り戻していた。
「よかった……」
ヴィオレッタは安堵の溜め息を吐く。
こんなことになるまで、娘がこんなにも特別な存在だったとは、気づいていなかった。
私は————
「彼女を安全なところへ————お願いできますか?」
呆けていたところに声をかけられ、我に返る。
周りにまだ、モンスターがいるかもしれない。
急いで避難する必要があった。
「え、ええ————」
ヴィオレッタはリゼッタを抱き抱え、王宮の方へと走った。
夢中に走りながら、ヴィオレッタは不思議な感覚を覚えていた。
手際よく、綺麗な所作で、応急処置を行う彼女の姿が————ずっと目に焼き付いていたのだった。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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