第136話 壊してしまったのなら、自分で治せばいいじゃない
「あなたのお母さんは————ロックトイン症候群という病気にかかっています」
西日が差し込む診察室。
再開した母親の目の前で、医者がそう口にした。
その瞬間、私の世界は音を失った。
時計の針の音だけが、やけに大きく響いていた。
その時の光景は、ひどく脳裏に焼き付いたままだ。
全身が麻痺した母親は車椅子に座ったまま、微動だにしなかった。
あの豊かだった表情は消え、まるで精巧に作られた人形のように、ただそこに存在しているだけだった。
何を話しかけても、何も反応しない————
私は母の顔を見ることができず、床のリノリウムの継ぎ目ばかりを見つめていた。
中学1年生の秋のことだ。
離婚した元父親が金に困って私達の家に押しかけてきた。
逃げようとする私を庇って、お母さんは何度も殴られた。
二人で頑張って生活してきた大切な家を、元父親は全て踏み荒らしていった。
思い出の写真も、お母さんが大切にしていた花瓶も、私たちの小さな幸せの証も、全てが破壊されていく。
そして私は————どうすることもできず、ただお母さんを見捨てて逃げ出した。
全てが終わった時には————
お母さんは————何の反応を示さない、廃人と化してしまった。
あの後、隣人が通報してくれて救急車が来た時、母親はもう意識を失っていたという。
病院で目を覚ました時、母はもう私を見つめることさえできなくなっていた。
豪快に私を抱き上げて、屈託なく笑うお母さんが好きだった。
抱きしめられた時の温もりも、ひだまりのようないい匂いも————
もう全てが存在しない。
あんなに明るくて、あんなに優しくて。
あんなに希望を持って、日々を生きていたお母さんを壊してしまった。
————私のせいだと思った。
私が何もせずに、ただ目を背けていたせいだと。
あの時、すぐに助けを呼んでいれば。
もっと勇気を出して戦っていれば。
後になって、出来ることがあったということに気づくのだ。
だが結局、何の解決策も見出せず、いざとなったら一人で逃げるような薄情者だったから、お母さんはいなくなってしまった。
だから————お母さんは、私が助けなきゃ。
私が壊してしまったも同然。
だったら、私が治せばいいじゃない。
たった一人の、大事なお母さんを取り戻すために、私が頑張らなきゃ。
私の人生の目標は、この時点で決まっていた。
「私は————医者になって、お母さんを治します」
中学生の進路調査で、私は先生に向かって高らかに宣言した。
それからの私の人生は、大切な母親を治すために、医者を目指すことに全てを捧げた。
友達と遊ぶことも、恋をすることも、青春と呼ばれるものの全てを犠牲にした。
それが————本当に私のやりたいことだったのかは、今でもよく分からなかった。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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