第135話 美しい彼女を見たなら、意思を貫き通すべきじゃない
「いいえ————」
言葉は自然と口からこぼれ出た。
迷いも逡巡もない。
僕は澱みなく、彼女の問いに答える。
「マリーが、この国の王に、最も相応しいと思うからです」
まっすぐと相手を見つめ、僕は言い切った。
相手はレーヴェンシュタイン家————マリーと敵対する勢力にもかかわらず。
ここで嘘をついたところで意味はない。
自分自身の信念を曲げてまで取り繕うつもりはなかった。
誤魔化しや建前など、この場には相応しくない。
僕はマリーの覚悟を尊重する。
あの日、バルコニーで見た君の姿が、何よりも美しかったから————
どんな宝石よりも美しく、どんな絵画よりも気高く————
僕の率直な言葉を聞いたリゼッタの瞳が、わずかに細められる。
その表情の変化から何を読み取るべきか判断がつかず、僕は身構えた。
何かしてくるなら全力で抵抗する————そう思っていたのだが。
すると————
「————マリナスは王宮外れの地下牢に幽閉されていますわ」
そう言いながら、リゼッタの白い手から何か小さなものがするりと取り出される。
銀色の光がきらりと揺れた。
それは紛れもなく、鍵だった。
「これがその牢の鍵ですのよ」
「……!」
リゼッタが指先で軽やかにその鍵を弾き、宙に舞わせて僕の方へと放る。
不意を突かれ、慌てふためきながらも僕はその貴重な鍵を両手でしっかりと受け止めた。
一体なぜ————
この人は、僕にマリーを解放させようとしているのか?
マリーと敵対しているはずなのに、どうして————
「ではでは、わたくしはこれで————」
混乱している僕を無視し、彼女は裾を軽く翻した。
まるで舞踏会から退席する貴婦人のような気品ある仕草で背を向けると、王宮の奥へと静々と歩み去っていく。
彼女が一体何を考え、どんな思惑でこのような行動に出たのかは皆目見当がつかない。
だが、少なくとも悪意を持った人物ではないのかもしれない————そんな直感が僕の胸に宿った。
「————ありがとうございます……!」
僕は深く頭を下げ、胸に熱を抱えながら地下牢へと駆け出した。
兎にも角にも、マリーの居場所が分かった。
牢獄に閉じ込められているなんて、まるで罪人じゃないか。
今すぐにでも、助けに行かなくちゃ————
僕は地下牢へと続く道を、全速力で走り出す。
その様子を、身を隠したリゼッタが横目で見ていた。
そして、ぽつりとつぶやく。
「————やはりライバルには、正面から勝たなければ、おもしろくありませんわ」
*
王宮正面では、国民による抗議運動。
裏口では、令嬢によって鍵を受け取った冒険者が、己が大事な人を救うために走っている。
そして————
王宮外れの地下牢————
渦中にいる件の王女は、未だ眠っている。
夢の中で彼女は、遠い昔の記憶を思い出していた————
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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