第132話 騎士ならば、王と民を守ればいいじゃない
「あれを全員殺しなさい」
吐き捨てるような命令。
外の群衆を指差すその姿は、もはや貴族の優雅さを失っていた。
美しい仮面の下に隠されていた醜悪な本性が、垣間見えていた。
「あれらは、悪魔を庇っている————この国に仇なすもの達よ。この国の治安を守るのは、あなたの仕事でしょ?」
冷たい目で、さも当然のように、ヴィオレッタは非情な言葉を紡ぎ出す。
悪魔は忌み嫌われるべきで、この世から消されるべきだ。
全世界においての共通認識のはず。
ヴィオレッタは正義を盾にして、マリナスを庇う者をこの世から無くそうとした。
「さあ、早く騎士団に指示を出しなさい」
感情の一切を排した機械的な声で、淡々と団長に命令する。
この男は所詮、権力に屈する犬。
私が命令すれば、どんな命令でも実行するはず————
ヴィオレッタはそう思っていたが————
目の前の騎士団長は、俯いたまま動くことはなかった。
「————できません……!」
「は?」
予想だにしなかった明確な拒絶の言葉が、静寂を破って響く。
団長の声は確かに恐怖で震えていたが、その奥底には岩のように堅固で揺るぎない意思の力が宿っていた。
ヴィオレッタの眉が吊り上がるも、全く動じずに、団長は顔を上げる。
そして、明確な敵意と決意を持って、真っ直ぐとヴィオレッタを睨みつけてきた。
「私の役目は、仕えている王と、王が愛した国民を守ること————」
団長はゆっくりと立ち上がり、腰の剣に手を添えた。
その眼差しは静かに燃えている。
「私が忠誠を誓い、授かった剣を、民に向けることは断じて許されない……!」
王にこの身を捧げた————
その日から、この身は王と民を守る剣だ————
この信念だけは、一時も忘れたことはない。
何を差し置いても、譲れないものがあった。
「いくらあなたの命令であっても、それだけは、断固拒否します!」
騎士の中の騎士が、ヴィオレッタに対して反旗を翻した。
ヴィオレッタは目を白黒させる。
動揺で震えた手で、ただ目の前の騎士を指差すことしかできなかった。
「そ、そんな————馬鹿なことを言わないでちょうだい! あなたは悪魔がこの国を支配してもいいと言うの!?」
ありえない————
あってはならない————
そう言わんばかりに口をぱくぱくさせる。
だが、それに対し、団長はニヤリと笑みを浮かべた。
「悪魔は悪魔でも————マリナス様が王になってくださるなら、この国はきっと安泰でしょう」
団長は今になって、マリナスと数ヶ月前に話したことを思い出した。
『あなた、冒険者になってみる気はない?』
あの時のマリナス様の提案には、半分、諦めがこもっていた。
その理由は、騎士団長の強さを買っていながらも、騎士の職からは離れられないことを悟っていたからだろう。
常に相手の立場に立って、相手への思いやりがなければ、決してあんな態度にはならない。
たとえ、自分より身分が低い者であっても————
誰に対してもリスペクトを忘れない。
だからこそ、彼女についていこうとするものが、こんなにもいる
目が覚めた。
あの方を陥れようとした自分は大馬鹿者だ。
そして————
「————少なくとも、あなたがこの国を支配するよりは、いい国になることでしょう!」
迷いを振り切った騎士団長が、ついに主人に向けて剣を抜き放つ。
鋼の刃が月光を反射して、神々しいまでに輝いて見えた。
騎士団長は今、完全にヴィオレッタと敵対した。
「————っ……!」
こうなれば、ヴィオレッタは身を引くしかなかった。
唇を噛み切らんばかりに噛みしめ、爪を立てた拳から赤い血が滲む。
怒りと屈辱に頬を震わせながら、王宮の奥深くへと姿を消していった。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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