第130話 姫を陥れるなら、騎士を使えばいいじゃない
「本当にこれでいいのでしょうか?」
ためらいがちに投げかけられた言葉が、静寂を切り裂くように響く。
重苦しい沈黙が豪奢な部屋の空気を一層冷たくし、まるで氷の結界が張り巡らされたかのような凍てつく緊張感が漂った。
「マリナス様は、本当にこの国に必要のない存在なのでしょうか? 私には、どうにも————」
何を言っているのだ、この大男は。
この期に及んで、あの忌まわしきマリナスを庇おうとでも?
ヴィオレッタは優雅な仕草を崩すことなく、しかし明らかに不快感を示すように眉を顰めた。
その表情は、氷のような美しさの中に危険な怒りを秘めている。
「今さら何を言っているのかしら? あなたも、私の策謀に加担していたというのに————」
「……!」
鋭く突き刺すような叱責の声に、騎士団長は思わず息を呑む。
武骨な背筋に冷たい汗が一筋、また一筋と流れ落ちる。
「冒険者による襲撃も、毒を盛った時も、あなたが、マリナスのあとをつけて、監視して、情報を私に流したからなのよ? 王族を裏切るような、そんなことをしておいて、今さらよくそんなことが言えたわね」
首元に鋭利な刃物を突きつけるように、真実を提示する。
王宮外のマリナスの情報は、基本的に騎士団に調査させた。
間違っても、ヴィオレッタの痕跡を一切残さないように徹底したわけだ。
この男はずっと罪悪感に苛まれ、眉間に皺を寄せ続けているが、だからと言って許されない。
王族をストーカーのように追い回し、暗殺に加担したのだから————
逃げ場はない。
ヴィオレッタは唇に笑みを浮かべ、愉快そうに言葉を締めくくった。
人を操る快感への陶酔が滲ませて————
「でも安心しなさい。約束通り、私が王妃になった暁には、あなたの家を貴族位にしてあげるわよ」
今回は気分がよく、それ以上の追及はしない。
蝋燭の炎が不規則に揺れ動き、張り詰めた緊張感の残滓を歪んだ黒い影として壁に映し出している。
室内には重々しい静寂が戻り、ただ時の刻む音だけが響いていた。
もうすぐだ————
もうすぐ全てが手に入る————
マリナスを始末したら次はクセルだ。
そうすれば、王妃の座は空き、リゼッタを妃にできる。
それが実現できれば、私達の権力は、絶対となる————
確実な勝利を確信し、ヴィオレッタは陶酔に満ちた表情でグラスを一息に煽った。
琥珀色の液体が喉を通り抜ける感覚が、勝利の美酒のように甘美に感じられる。
だが、その至福の瞬間は————すぐに打ち砕かれることとなった。
「ヴィオレッタ様!」
重く閉ざされた扉が荒々しく叩かれる。
慌ただしく乱れた靴音が厚い絨毯を踏み、息を切らした使用人が血相を変えて駆け込んできた。
「騒がしい。一体どうしたの?」
流石に気分を害したのか、ヴィオレッタはその無礼な使用人を鋭い視線で睨みつける。
しかし、その使用人の顔は青ざめ、額には脂汗が滲んでいた。
「国民達が、暴動を起こしています!」
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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