第125話 僕が足りていないから、届かないだけだよね————
僕は王宮の騎士達の追跡を振り切るため、慌てて近くの路地裏に身を潜める。
狭い石造りの通路に甲冑の金属音が鳴り響いていたが、やがてその音も遠ざかっていく。
「はあっ……はあっ……!」
激しい息遣いが、薄暗い路地の壁に反響している。
この路地裏は昼間だというのに陽光が届かず、まるで夜のような闇に包まれている。
建物と建物の間に挟まれた狭い空間で、僕は完全に孤立していた。
この世界で一人になったような————そんな感覚だった。
「はあっ……うう……」
突然、抑えきれない感情が込み上げてきて、涙が頬を伝って落ちていった。
なんで————僕が泣いているんだ。
「————どうして……!」
どうして僕は、こんなにも無力なのだろう————
心の奥底から搾り出すような声で、僕は自分自身に問いかける。
マリーを王女のまま救い出すには、国民の力が必要だ。
それ自体は、絶対間違っていない。
一人でやろうとせず、視野を広くする。
レックスさん達、そして、マリーに教えてもらった大切なことだ。
ただ、それでも皆に届かなかった。
あそこにいる人達を、動かすことはできなかった。
僕の力が足りなかったのか————
きっと、そうだ。
そうに違いない。
僕が、もっと人の心を動かせるような言葉を言えていれば————
もっと誰かを先導できるような振る舞いができていれば————
伝達力、表現力、語彙力、リーダーシップ、コミュニケーション————
どれか一つでも、もう少し僕の中にあれば、変わっていたんだ。
僕がそういった、他人と共にある能力から、目を背け続けていたのが悪いのだ。
僕が悪いのだ。
決して————マリーが悪いわけじゃ、ない。
あんなに美しくて、明るく元気なお姫様。
心優しく、国民のことを誰よりも思っている、完璧な王女様。
そんなマリーが、国民に不必要だとされているなんて、絶対に思いたくない。
悪魔が憑いているなんていうそんな確証性の低い噂だけで、嫌われるような王女なわけがない。
だから僕が悪いのだ。
僕が伝えられなかったのが悪い。
この国には、絶対マリーが必要だ。
なのに————どうして、届かないんだ————
どうして、マリーのことを、もっと見てくれないんだ————
とめどなく溢れ出る涙が、冷たい石畳に落ちて小さな染みを作っている。
悔しさが胸の奥で燃えるような痛みとなって広がり、全身が震えるほどに切ない。
やるせない気持ちでいっぱいだった。
「————泣いている場合か……!」
僕は袖で乱暴に涙を拭い、よろめきながらも立ち上がった。
誰の協力も得られなかったからといって、諦めるものか。
僕だけでも、彼女を助けに行く。
王宮に忍び込んで、どんなことをしても連れ出して、皆のもとに行く。
そう————レックスさんと約束したんだ。
ここで諦めたら、多くの人の命が危険にさらされる。
たとえ、そのせいでマリーが王女じゃなくなったとしても————
僕は心の中で全ての迷いを断ち切り、最後に残された希望を胸に刻み込んだ。
そして重い足取りで薄暗い路地裏から外に出ようとした。
その時————
「あの……」
突然、背後から遠慮がちな声で呼びかけられた。
僕は驚いて振り返る。
そこに立っていたのは、清楚なメイド服に身を包んだ一人の女性だった。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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