第11話 戦いに勝ちたいなら、判定勝ちすればいいじゃない
「はあ……はあ……なんとか勝てましたね!」
「いや勝ったって言えるのこれ」
闘技場の薄暗い控え室、崩れるように座り込んだクロの姿は、ボロボロだった。
擦り傷が体のあちこちに点在し、闘いの痕跡がまるで勲章のように彼の体を彩っていた。
第一回戦の勝敗は、マリナス・クロチームの判定勝ちという結果だった。
クロの腕輪に表示されていた体力は相手よりも少なくなっていたが、私の体力は満タンの100を維持していたため、総合的な体力量で私達の勝利が確定したのだ。
会場はブーイングの嵐だったが……
「ただでさえ冒険者じゃない私が参加して変な目で見られてるのに、こんな勝ち方じゃ肩身が狭いどころの騒ぎじゃないわよ!」
「大丈夫です! 勝てば変なこと言う人もいなくなりますよ!」
ほんとに〜〜?
むしろ勝てば勝つほど非難が加速すると思うんだけど……
私は心の中で嘆息した。
この無邪気な冒険者の楽観主義は時に眩しすぎる。
「マリナスさんには傷一つつけませんよ! 僕が守りますから!」
「……」
よくもまあそんな恥ずかしいセリフをずけずけと……
おまけにこの傷の量じゃ不安になるわよ……
まあ————うだうだ考えてもしょうがない。
私はクロの方に近づき、ドレスのすそを気にせず膝をついた。
「分かったわよ————ほら、手当するから足出して」
「あ、はい」
私は小さな治療箱を取り出し、クロの傷の手当てを始めた。
まずは繊細な指先で汚れを丁寧に取り除き、次に清潔な布に浸した消毒薬を傷口に当てる。
彼が痛みに顔をしかめるのを見ながらも、手際よく包帯を巻いていった。
石造りの控え室の空気は汗と血の匂いで重く、蒸し暑い。
高価なドレスの裾に土がつくのも構わずに、私は集中して治療を続けた。
「あの、マリナスさん」
「なあに?」
「こういう汚いところ、お姫様なのに平気なんですね。意外でした」
「別に————昔はもっと汚いところに住んでたし」
「え? 王女なのに?」
「ん? あ! おうぇ————お、王家で持っている牧場があって! そこの方が汚かったから————」
私は身体をぎこちなく捻りながら、つたない言い訳を口にする。
あ、危ねえ〜〜
なんで前世のことを話そうとしてんだ私〜〜
心臓が早鐘を打つのを感じながらも、私は手際良くクロの治療を進めていく。
「マリナスさんは、どうして民族医療の心得があるんですか?」
「別に————昔、医者を目指していたことがあったからよ」
「え? 王女なのに?」
「ん? あ! ぬうおぁ————子供の時に、医者に憧れてそれでちょっと学んだだけよ!」
だから危ないって!
勝手になんでも喋ろうとしてしまう。
治療に集中しているからだろうか————
「け、結局、医者になんてなれっこなかったし。私、王女だから、なる必要なんてないし……」
言葉を選びながら、私は何とか取り繕う。
なんとか誤魔化せただろうか。
すると、クロは真剣な眼差しで私の顔を覗き込んだ。
純粋な輝きを持つその瞳に、私はドキッとする。
「そんなことないです。何かに憧れて頑張ることは、とても素敵なことですよ————マリナスさんは素敵です」
「なっ……」
突然の言葉に、頬が熱くなるのを感じる。
私は慌てて立ち上がり、クロに向かってぶんぶん拳を振り上げた。
「そ、そういうことを恥ずかしげもなく言うなってんの!!」
「いだっ————痛い痛い! 傷が開いちゃう!」
全くもう。
調子を狂わされる。
こんな駆け出し冒険者なんかに。
確かに、今まで見たことないタイプだけど。
何かに憧れて頑張ることは素敵————か。
次の王位を継ぐために頑張る私は、果たして素敵なのだろうか。
それとも————医者を目指していた前世の時の方が、素敵だったのかもしれない。
あれ?
医者って憧れていたから目指してたんだっけ。
昔のことすぎて、忘れちゃったや。
「————僕の憧れは、あの勇者なんです」
私の荒ぶる拳を優しく受け止めて、クロはそう口にする。
「勇者レックスは、僕の故郷を救ってくれました」
そして、少し遠くを見るように眼を細めた。
まるで大切な思い出を見つめるような、柔らかな表情だった。
「僕の故郷はある日、モンスターの群れに襲撃されました。多くの人がモンスターに殺され、僕もあと少しで殺されるというところまで行ったんです。でも————その時に現れたのが、最強の勇者でした」
勇者という単語を口にしてから、彼の瞳は星のように輝きを増していた。
汚れのない純粋な感情を抱いた少年の顔は、この闘技場の喧騒の中でひときわ清々しく見えた。
「たった一人で、モンスターの群れを掃討する————まさに一騎当千。僕はそんな彼女に、どうしようもなく憧れてしまったのです」
モンスターへの復讐心とか、何もできなかった自分を変えたいとか、そういう感情じゃない。
クロの心を満たしているのは純粋な憧れだった。
憎しみや怒りではなく、ただ純粋に強さと優しさを併せ持つ英雄への敬愛の念。
「僕も……強い冒険者になりたい。その思いで、ずっと追いかけてきました————そして、ようやくここまできたんです」
勇者の仲間になれるという、夢のすぐそばまで————
その言葉には迷いのかけらもなかった。
クロは冒険者として日々努力し、並々ならぬ情熱を胸に秘めながら、ここまで辿り着いたのだ。
それを知った時、私の胸の奥が妙にツンとした。
何故だろう、昔もこんな感覚になった気がする。
どこか懐かしくて、どこか切ないこの感じ————
しょうがないわね……
心の中で呟きながら、私は決意を固める。
「————はい、治療終わり。さ、行くわよ」
「あれ? マリナスさん?」
「マリーでいいわよ」
「え?」
お母様にしか呼ばれていない呼び方だ。
一蓮托生。
この冒険者は、目的は違えど、目指す場所は同じ同士だ。
私にできることは少ないけれど。
二人で協力して、勇者に認められるんだ。
私はクロの方に、優雅に手を差し伸べた。
「やるよ。クロ————この闘技大会。優勝しちゃうよ!」
「————は、はい!!」
クロは大きく頷き、力強く私の手を取った。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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