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第116話 死刑にされたくなかったら、会いにいけばいいじゃない

 レックス達との別れの後、胸の奥で燻る焦燥感に駆り立てられるように、僕の足は自然と王宮へ向かっていた。

 石畳に響く靴音が妙に大きく聞こえる中、頭の中では寂しそうなマリーの表情、そして暴走し、鬼神のようになったゴーキさんの表情が、交互に何度も蘇っていた。


 あの時の彼女を一人にしておくことなど、到底できるはずがない。


 だが、王宮の重厚な門扉の前に立った時、僕の前に立ちはだかったのは鋼鉄の鎧に身を包んだ衛兵だった。

 槍を構え、僕の信仰方向を完全に塞いでいた。



「どうして入れないんですか!?」


「ヴィオレッタ様より、勇者達は入れるなと指示されている」



 衛兵の声には感情の欠片もなかった。

 鉄仮面の奥に潜む瞳は氷のように冷たく、まるで石像が喋っているかのような無機質さを湛えている。


 聞く耳を持とうとしなかった。


 ここでも、ヴィオレッタの策略が徹底されているのだろうか。

 彼女の影響力は王宮の隅々にまで及んでいるのだろう。


 それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。



「マリーに————マリナス王女に会わせてください!」


「駄目だ。そもそもお前のような一般人は入っていけないところだ————今すぐに出ていけ!」



 衛兵の大きな手が僕の肩を掴み、有無を言わさず押し返してきた。

 鉄の籠手越しに伝わる圧迫感に、僕は思わずよろめく。


 門前払いだった。


 せめて、マリーの状態だけでも知りたいと思っていたのに。

 ゴーキの暴走はあの時に止まったとはいえ、それからマリーの体がどうなっているか、とても心配だ。


 だが、今の状態では、顔を見ることすらできない。



 どうしたらいいんだ……


 君に会いさえすれば、この混沌とした状況を打開する糸口が見つかると信じていたのに————



 だが、こんな道端で座り込んでいても何も始まらない。

 そう自分に言い聞かせ、重い足取りで身を翻そうとした、その時だった。


 ————建物の影から、白い手が見えた。



「あれは……?」



 その手は影からぬるりと現れて、僕に向かって静かに手招きをする。

 一見、怪談話に登場しそうな不気味な光景だったが、その白手袋の手には、なんとなく見覚えがあった。


 僕は手招きされる方向へ足を進める。


 メインストリートから外れた薄暗い路地裏。

 通路の角を曲がったところには、マリーの専属メイド、テレシーの姿があった。



「テレシーさん……」



 彼女は、どこかやつれているように見えた。

 美しい顔立ちに、深い疲労の影が刻まれている。


 眠れなかったのだろうか。



「テレシーさんも、マリーには会えないのですか?」


「ええ、ヴィオレッタ————様に引き離されてしまいました」



 彼女の唇が、悔しさに震えながら固く結ばれる。

 感情を表に出さないイメージの彼女が、これほど動揺している姿を見るのは初めてだった。



「部屋も調査という名目で追い出され、完全に面会を謝絶させられました。今は、どこにいるかも分かりません……」



 やはり、テレシーさんでもマリーの状態は分からないのか。

 マリーは完全に、周囲から隔絶された場所にいるのだろう。


 孤独と恐怖の中で、一人震えている彼女の姿を想像すると、胸が張り裂けそうな思いだ。



「マリーは……やはり処刑されてしまうのですか……?」



 今回の魔物騒動を機に、宮廷内のバランスは完全に崩れていた。

 反王妃派の貴族達の数が過半数を大きく超え、マリーの処刑決議は驚くべき速さで可決されてしまったようだった。



「数日後————いや、もう明日には処刑が決行されてもおかしくありません」



 テレシーの言葉は、死刑宣告のように僕の心臓を貫く。

 事態は想像以上に深刻で、一刻の猶予もない状況だった。



「私は————それをなんとしてでも止めなくちゃならない……止めなきゃ、いけないんだ……!」



 テレシーの両手が小刻みに震えている。

 その震える手からは、激しい葛藤が滲み出ている————そんな気がした。


 何かを迷っているのだろうか。



「テレシーさ————」


「クローム・ノア」



 僕が声をかけようとした時に、逆に彼女の凛とした声がそれを遮った。



「————あなたに一つお聞きしたい」



 振り返った彼女の表情には、恐怖が浮き出ていた。

 彼女はそのまま、胸の中にある迷いを吐き出すように、口を開いた。



「マリナス様は、本当に悪魔に憑かれていると思いますか?」




読んでくださりありがとうございます。



主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。

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