第114話 殺されるなら、助けに行けばいいじゃない
翌日。
鉛色に重く垂れ込めた雲が空を覆い、陽光を遮って街全体を薄暗い影の中に沈めていた。
まるでこれから起こる出来事を予兆するかのような、不吉な曇天。
朝靄がまだ街角に漂う早い時刻から、僕達————勇者一行は集合していた。
宿の一室に集まった面々の表情は皆一様に険しく、昨夜からの緊張がまだ解けずにいることを物語っている。
部屋の中には重苦しい沈黙が漂い、誰もが言葉を発するのを躊躇っているようだった。
「————どうにかして、マリーを助けに行きましょう!」
ついに僕は立ち上がり、拳を強く握りしめながら皆に向かって叫んだ。
胸の奥から湧き上がる焦燥感が、声に震えとなって現れていた。
今朝、マリーの処刑が決定された。
処刑理由は、『悪魔が憑いているから』
その報せは瞬く間に新聞の号外となって街角で配られ、各所の掲示板にも大きな文字で張り出された。
街を行き交う人々の間では、この一件以外の話題など存在しないかのように、ひそひそと噂話が絶えることなく続いていた。
商店の店先でも、酒場の片隅でも、人が集まればマリー王女の名前が口の端に上った。
昨夜の騒動から5時間しか経っていない。
これほど短時間での処刑決定は、十分な審議や調査が行われていないことの明らかな証拠だった。
あのヴィオレッタと呼ばれる貴族————
最初から、マリーを殺す気だったのだ。
「落ち着け、相手はこの国の宰相だぞ。下手すれば国ごと敵に回すことになる」
感情に駆られる僕を静かに諫めたのは、ラウムだった。
しかし今の僕には、そんな慎重な姿勢すら歯がゆく、煩わしかった。
大切な仲間が死の淵に立たされているというのに、落ち着いてなどいられない。
「このままじゃ、殺されちゃうんですよ!? どうしてそんなに呑気なんですか!?」
「だから、落ち着けって言ってるだろう!」
ラウムは机を叩いて立ち上がる。
その衝撃で机の上に置かれていたインク壺が小さく跳ねた。
そして大股で僕の前に歩み寄ると、両手で僕の肩を力強く掴んで、まっすぐに僕の目を見つめた。
「マリーを助けたいという気持ちは、皆同じだ。だから、助けるためにも、今は慎重に考えなければならないんだ……!」
「……」
反論の余地はなく、僕はゆっくりと深呼吸をして荒ぶる心を鎮めようと努めた。
確かに、感情に任せて無謀な救出作戦を決行したところで、状況がさらに悪化するだけかもしれない。
最悪の場合、僕たち全員が捕らえられるなんてこともあり得る。
こういう時こそ、慎重に行動すべきなのだろう。
「……死刑って、さすがにやりすぎよね? 私もこのまま黙ってられない……!」
「ああ、俺だってそうだ。あのイケすかねえ貴族の言いなりになんてなりたくねえぜ」
「————徹底」
「————抗戦」
他の皆も、思いは同じだった。
大切な仲間を助けたいという思いが。
何よりも心強い仲間がいてくれるということに安心感を覚えた。
「それにしても————どうしてすぐに処刑になんてなるんだろ? マリーは一国の王女でしょ? 普通そんな扱いにならないよね?」
レオナが疑問を口にする。
貴族殺し、悪魔付きという事の重大さがあるとはいえ、王族に対してこれほど性急な処刑判決が下されるのは異常だ。
王女という高貴な身分を考えれば、より慎重な調査と審議があってもいいはずである。
だが、その疑問に対してとある回答があることを、僕はふと思い出した。
「————以前、マリーは王宮内で、反王妃派から嫌がらせを受けて、最終的に毒殺未遂に遭いました。ということは、あのヴィオレッタという貴族も反王妃派なのではないでしょうか?」
つまり、現王妃とその娘であるマリー王女の地位を完全に失墜させ、最終的には王位継承権を奪い取るために、反王妃派の貴族たちがこのような極端な手段に打って出ているということなのだろうか。
僕の推測を聞いて、仲間達の表情が一様に険しくなる。
「なるほどね……処刑を強行しようとしているのも、全て反王妃派の貴族の仕業ってことね」
今回の一連の騒動によって、反王妃派の政治的影響力も大幅に拡大したのだろう。
宮廷内部の複雑な派閥争いや権力バランスの詳細は、所詮一介の冒険者に過ぎない僕達には理解の及ばない世界なわけだが、反王妃派の貴族が暴走しているということは、なんとなく察せられる。
その時、ラウムが何かを閃いたように、目を見開いた。
「————だったら、死刑ではなく、追放を進言すればいいじゃないか!」
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
もしよければ↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
ブックマークもお願いします!
あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




