第112話 人を殺したなら、それはもう悪魔じゃない
戦いの嵐が過ぎ去った後、室内には重苦しい静寂が漂っていた。
ゴーキが力尽きて意識を失い、マリーは僕の腕の中で安らかな寝息を立てている。
部屋の惨状は目を覆いたくなるほど酷いものだった。
優美な装飾が施されていたはずの柱は無残にも砕け散り、ひび割れた表面から白い石粉がぽろぽろと剥がれ落ちている。
天井は今にも崩れ落ちそうに軋み、かろうじて残った柱が必死にその重量を支えているという有様だった。
「一体、どういうことなんだ……?」
レックス達がマリーの元に近づき、疑問を口にする。
彼らの表情には困惑と不安が色濃く浮かんでいた。
「クロ、お前が何かやったのか?」
「いえ……僕は何も……」
僕はただ、目の前に飛び込んでいって、願いのままに叫んだだけだ。
突如、胸元の赤いペンダントが眩い光を放ち、その輝きによってゴーキさんの暴走が嘘のように鎮まったのである。
荒れ狂う嵐を一瞬で静寂へと導くかのように、沈静化したのだ。
この宝石の力なのだろうか————
「とりあえず、マリーが落ち着いてよかった————と言いたいところだが」
レックスが渋い表情を浮かべながら、破壊された室内をぐるりと見渡した。
既に廊下の向こうからはざわめく声が聞こえ始め、好奇心と不安に駆られた人々の足音が次第に近づいてくるのが分かった。
「————一体、なんの騒ぎじゃ?」
「ずっと爆発音が鳴り響いていましたわ……」
「この王宮でか? まさか————こ、これは……」
騒動に引き寄せられるように、華やかな衣装に身を包んだ王宮の貴族達が続々と集まってきた。
彼らは入り口で立ち止まり、室内の凄惨な光景を目の当たりにして愕然とした表情を浮かべる。
壁や床に飛び散った血痕、粉々に砕けた家具の破片、そして所々に走る深いひび割れを見て、誰もが顔を青ざめさせていた。
これだけの流血騒ぎ。
一体ここで何があったのか、当事者である僕達にさえその全貌は掴めずにいる。
真実を知っているのは、ラウムの背後で茫然自失の状態で座り込んでいるテレシーさん。
そして————
「悪魔憑きよ!」
突如として響いた高らかな声が、重い空気を切り裂いた。
一人の貴族が群衆の中から歩み出て、断罪するような口調で叫んだのである。
紫色の髪を持つ貴族で、身にまとった豪華絢爛な衣装と宝石類から、相当な地位の高さを窺い知ることができた。
彼女の瞳には冷たい光が宿り、まるで真実を見抜いたとでも言わんばかりの確信に満ちた表情を浮かべている。
「王女マリナスには悪魔が憑いている! ここにいるなんの罪もない人達を殺した!」
その言葉が落とされた瞬間、群衆の間に衝撃が走った。
ざわめきが波のように広がり、人々の視線が一斉に僕の腕の中で眠り続けているマリーに注がれる。
恐怖と嫌悪が入り混じった視線が、彼女の小さな体を射抜くように向けられた。
違う……!
ゴーキさんは悪魔なんかじゃない……!
彼は、そんなことしない……!
心の中で必死に反論を叫んだが、この目の前に広がる惨状と、先ほどまで見ていたゴーキの異常な様子を思い起こすと、言葉が喉の奥で詰まってしまった。
「ヴィオレッタ……!」
その時、ずっと沈黙していたテレシーが声を発した。
彼女の声は低く、抑えきれない怒りが込められている。
だが、その声に気づかなかったのか、気づいていて無視したのか————ただ、ヴィオレッタと呼ばれた貴族は冷徹に、言葉を紡ぐ。
「意識を失っている今のうちに————捕まえなさい」
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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