第109話 使用人を殺そうとする奴が、マリーなわけないじゃない
「ゴーキ……さん……?」
そこにいるのは、マリーであってマリーでない。
彼女の内に眠る、もう一つの人格————
ゴーキという存在だった。
しかし、僕が知っている冷静沈着な普段のゴーキとも、今の彼は明らかに異質だった。
煮えたぎる地獄の釜のように、燃え上がる殺意のオーラが大気を歪ませ、蜃気楼のように空間そのものを震わせている。
その瞳には鬼神のような狂気が宿り、握りしめた拳には血管が浮き出て、まるで爆発寸前の爆弾のような緊張感を放っていた。
僕の鍛錬に付き合ってくれていた時の、あの穏やかなゴーキとは、まるで別人。
暴走した獣————いや、それ以上に危険な存在へと変貌を遂げている。
その時————ゴーキが無言のまま拳を振り上げた。
凶悪な視線の先には、部屋の中央で呆然としているマリーの専属使用人、テレシーの姿があった。
「————はああっ!!」
それに尋常じゃない反射速度で反応したのは、レックスだった。
瞬時に危険を察知し、電光石火の速さで二人の間に割って入る。
ゴーキの拳と、レックスが咄嗟に構えた剣の鞘が激しくぶつかり合った。
途轍もない衝撃波が部屋全体を襲う。
窓という窓のガラスが一斉に粉々に砕け散り、その破片が宝石のように宙を舞った。
あまりの衝撃に僕達も吹き飛ばされそうになり、必死に踏ん張って立っていることしかできなかった。
「目を覚ませ!」
レックスが渾身の力で剣を振り払い、ゴーキとの間に距離が生まれる。
その時、まるで打ち合わせしていたかのように、ラウムとレオナがレックスの後ろまで走り、テレシーを保護した。
残る仲間達————武者丸、ニカ、チカも、それぞれの武器を構えて即座に警戒体制を整える。
部屋の空気は一触即発の緊張感で満たされ、戦場の最前線のような殺気立った雰囲気に包まれた。
「なあ、メイドさんよ……一体何があったってんだ?」
ラウムがテレシーに事情を聞く。
体を震わせて、テレシーはなんとか口を開いた。
「マリナス様が……急に、あんなことに————」
「やっぱり————あれがマリーなんだな」
「でもおかしいよ! マリーが使用人の人を殺そうとするはずがない!」
ラウム達全員の視線が、部屋の中央で立ち尽くすマリーの姿に向けられる。
血まみれの惨状の中で佇むその姿は、もはや彼らが知っている明るい冒険者でも、優雅な令嬢でもなかった。
「マリー! マリーだよな!? 返事をしてくれ!」
「お願いマリー! 正気に戻って!」
ラウムとレオナが口々に呼びかけるが応答しない。
まるで彼らの声など聞こえていないかのように、再びテレシーの方へと殺意を込めた足取りで歩みを進めていく。
その様子は、この世の全てを破壊し尽くそうとしているかのような、破滅的な狂気に満ちていた。
「————クロ! どうなってるんだ!? あれは、マリーのもう一つの人格なのか!?」
「……おそらくそうだと思います。ですが————」
明らかに暴走している。
こんなの、僕を鍛えてくれたゴーキさんではない。
ただの、鬼だ。
「ウオオオオオオオオオオオオッ!!」
ゴーキが野獣のような雄叫びを上げて、肉食獣のように突進してくる。
レックスが咄嗟に剣の鞘を構えて、その拳撃をなんとか受け止めようとした。
「ぐ、ぐぬう……!?」
しかし、ゴーキの暴力的な力は、レックスの防御を打ち破り、勇者の体を後方へと勢いよく吹き飛ばす。
「レックス!?」
その衝撃は凄まじく、レックスは石造りの壁に激突し、激しい爆発音と共に王宮全体を震撼させた。
レックスの体は壁にめり込むほどの強烈な力で叩きつけられ、その周辺の石材にひび割れが蜘蛛の巣のように走っていく。
「くそ……やるな……!」
額から血を流している。
あの伝説の勇者————レックスですら、攻撃を受け流せずダメージを負った。
だが、レックスはすぐに立ち上がり、ゴーキの方を睨みつける。
そして、鞘から剣を引き抜いた。
「レ、レックスさん!? 何を————」
「本気でなきゃ、こちらがやられる。マリーは今、それくらいの強敵だ」
完全にスイッチが入っていた。
低い体勢から踏み込み、常人には到底追いつけないような途轍もないスピードで疾駆する。
そして、再びゴーキと正面から激突した。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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