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第10話 戦えないなら、守ってもらえばいいじゃない

 いざ闘技場に躍り出ると、全くと言っていいほど世界が違った。


 砂埃と汗の匂いが立ち込める円形の競技場には、血に飢えた観客達が石造りの観客席を埋め尽くしている。

「弱そうな子供と女を連れてきやがって!」「さっさと始めろ!」「血を見せろ!」という声が観客席から飛び交い、背筋が凍った。



 い、生きた心地がしない……



 月明かりが鉄格子の隙間から差し込み、地面に不規則な光の模様を描いている。

 足元の砂は、幾多の戦いで染み付いた血の色が微かに残っているような気がした。


 目の前の対戦相手は、明らかに弱そうな私達を見て、舌なめずりをしている。

 筋骨隆々とした体格に無数の傷跡を刻んだ肌、その目は獲物を前にした猛獣のように輝いていた。



『それでは第一回戦を始める!』



 拡声器か何かで増幅されたアナウンスが響き渡る。

 轟くような歓声が響き、地面さえも震えるかのような熱狂が場を支配していった。



『ルールはシンプルだ! エントリーの時に渡された魔法道具が、装着者の体力を計測する! 残り体力の合計値が高い方の勝ちだ!』



「関係ねえ! 殺せ〜!」「八つ裂きにしろぉ!」と言った言葉が飛び交う。


 私の右腕にも提供された魔法の腕輪がつけられており、100と表示されている。

 これが体力を表しているらしい。


 え? これ0になったらどうなんの……?


 想像したくもない未来に顔が青ざめる。



「————行きますよ……マリナスさん」


「ちょ、そんな歴戦の冒険者に言うみたいに言うけど、こっちは何の心構えもないんだよ!?」



 私の抗議も全く届かない。

 クロは既に闘争心に満ちた目で相手を見据え、手の中の剣を強く握りしめていた。



『それでは————始め!』



 ゴングが高らかになり響き、戦いの火蓋が切って落とされた。

 砂埃が舞い上がり、一瞬の静寂の後、闘技場は再び喧騒に包まれた。



「行くぞゴラァ!」



 相手の冒険者の一人が突っ込んでくる。

 大剣を大きく振りかぶる姿は、光を遮るほどの巨体で、その影が私たちを飲み込んでいく。



「はあっ!!」



 それをクロが前に出て応戦した。

 剣と剣がぶつかり合って、耳がつんざくような金属音が鳴り響く。

 火花が散り、衝撃波が砂を巻き上げる。


 その音を聞いただけで失神しそうになった。



「てめえらみたいな雑魚、一瞬でコテンパンにしてやるよ!」


「やれるもんならやってみろ!」



 バチバチにやりあってるじゃん。


 クロの小柄な体が相手の攻撃を受け止めるたびに、砂地に足跡が刻まれる。

 額から流れる汗が彼の決意を物語っていた。


 あれ? でもクロとこの人が戦ってるということは————



「じゃあそっちの子は、俺と遊ぼうぜえ?」


「え? いやあああ!!」



 そうだよねそうだよね!


 普通2vs2ってこうなるよね!?



 恐怖で目の前が暗くなりそうになる。


 もう一人の冒険者は、狡猾そうな目つきをしており、血に飢えた獣のようだった。

 腰に下げた短剣は毒々しい紫色の輝きを放っていた。



「あの……私の事は見逃して————」


「行くぜええ!!」



 もう一人の冒険者がこっちに走ってきた。

 足音が地響きとなって耳に届き、距離が一瞬で縮まっていく。

 逃げる間もなく、すでに彼の影が私を覆っていた。



 もうだめだ……!


 ここで死ぬんだ私は……!



 向かってくる脅威に私は頭を抱えて疼くまる。


 その時————



「させるかぁ!!」



 風が吹いたのかと思った。

 とてつもないスピードでクロが私の前に滑り込んできた。

 砂塵が渦を巻き、一瞬で状況が一変する。


 そして、冒険者の後頭部を膝蹴りを喰らわせた。

 その動きはまるで幻のように素早く、観客の目すら追いつけないほどだった。



「どはあああ!?」



 私を襲おうとした冒険者が前に倒れ込む。

 衝撃で彼の体が宙に浮き、重たい鎧をまとった体が地面に叩きつけられた。



 は、はやあ……!


 人間ってそんなスピードで走れんの……!?



 驚きのあまり言葉も出ない。

 今までの臆病な素振りはどこへやら、クロの背中は頼もしく見えた。


 クロは剣を構え直し、相手の冒険者たちに向き直る。



「この人には……絶対に手出しさせない」



 呟くように言い放ったその言葉は力強かった。

 静かでありながら、その決意は闘技場全体に響き渡るかのようだった。



『あなたは僕が守ります』



 あの時の表情を、私はまた思い出す。


 この人、私を守りながら、本気で一人で戦う気なの……!?





 *





「まさか————あの二人が組んで大会に出てくるとは……」



 石造りの観客席の一角。


 他の観客とは明らかに異質な存在感を放つ一団があった。

 周囲の喧騒が自然と遠ざかるような、厳かな空気が彼らを取り囲んでいる。


 最強の勇者とその一行である。



「一国の王女と新米冒険者————意味分かんねえ組み合わせになっちまったな」



 後頭部を掻きながら呟いているのは、勇者パーティ、メインタンクを担当している冒険者ラウムだ。


 勇者の力を借りたい王女マリナス。

 そして、勇者の仲間になりたい冒険者クロ。


 目的は違えど、同じ目標を持った二人がパディを組んで闘技大会に出ている。



「はんっ! とんだでこぼこコンビだぜ」


「ちょっと……王女をこんなことに巻き込んで、私達反逆罪みたいなのになったりしないよね?」



 乱暴な物言いの獣人の男、そして、杞憂する重装備の女冒険者は、勇者パーティのサブアタッカーとサブタンクである、修羅丸とレオナ。



「私達は————選ぶだけ————」


「そう————強き者を————」



 瓜二つの顔と子供のような背格好、独特の口調で話しているのが、勇者パーティのヒーラーと黒魔道士である、ニカとチカ。



「ニカとチカの言う通りだ。俺達は次の仲間を見極めなきゃならない————グランドクエストを達成するために」



 そして、最強の勇者レックス。


 数々の高難易度クエストを制覇し、数多の街を救ってきた勇者一行が、闘技場の観客席に勢揃いしていた。


 そして、彼らの視線は全て闘技場の中心にいる王女マリナス、そして冒険者クロに注がれている。

 砂埃の中で懸命に戦う二人の姿を、彼らは様々な思いで見つめていた。



「お姫さんはあのなりで戦えんのか?」


「いや駄目だろ、ありゃてんで素人だせ?」



 マリナスは暖色のドレスという、この場所にあまりに場違いな格好をしていた。

 豪奢な刺繍が施された衣装は、闘技場の血なまぐさい雰囲気とあまりにも不釣り合いだった。


 申し訳程度の短剣だけ握りしめ、オロオロしている。

 その姿は鳥かごから解き放たれた小鳥のように無防備だった。



「もう一人の方————クロはどうだ?」


「クロもめげないもんだね。一年以上ずっと私達の追っかけをしてんでしょ?」


「動きも随分よくなったみたいだなぁ」


「はん! どうせ雑魚みてえに負けて終わりだぜ」



 視線の集まるクロは、相変わらず質素な革の防具と普通の剣という、新米冒険者らしい格好をしていた。

 動きには無駄がなく、日々の鍛錬の跡が見て取れるものの、対面の二人に比べると明らかに力不足に見える。


 体格も、装備も、経験も、全てにおいて劣っているように見えた。


 この二人に勝ち目はあるのか。



 思い思いの反応を見せる勇者一行の中で、レックスだけは、少し苦い顔をしていた。



「クロ————もう諦めろ」



 誰にも聞こえないほど小さく、レックスは呟く。

 その声には、同情か、諦めか、それとも別の何かか————複雑な感情が込められていた。


 視線の先には、マリナスを守りながら一人奮闘するクロの姿。


 勇者への憧れを抱き、ただ闇雲に剣を振るう少年————



「お前は————私には追いつけないよ」



 冷ややかな目になった勇者が、現在のクロの実力に判定を下すのであった。


読んでくださりありがとうございます。



主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。

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