第107話 決意を前にしたら、諦めるしかないじゃない
王宮の長い廊下が月光によって薄青く照らし出されている。
高い天井から吊り下げられたシャンデリアは明かりを落とし、代わりに窓から差し込む月の光だけが、大理石の床に幻想的な光と影の模様を描いている。
今は静寂に支配され、まるで古い墓所のような荘厳さと寂しさを漂わせていた。
窓の外から忍び込む夜風は、どこか冷たい。
そんな静寂に包まれた廊下を、僕は力なくトボトボと歩いていた。
『ごめんね————』
先ほどバルコニーで交わされた会話が、何度も何度も脳裏に蘇ってくる。
マリーの寂しそうな表情。
月光に照らされた彼女の横顔に浮かんだ、言葉にならない悲しみの色。
夜風に吹かれて揺れる美しい髪が、まるで彼女の心の波を表しているかのようだった。
『私には、私のやるべきことがあるんだ————』
心のどこかで、僕の差し伸べた手を取ってくれるんじゃないかと、淡い期待を抱いてしまっていた。
僕についてきてくれるんじゃないかと、身勝手にも願ってしまったのだ。
きっと彼女も、僕と同じ気持ちでいてくれるはずだと————
『これからももっと高みを目指す。それを、私はずっと応援してるわ————』
そんな風に言われたら、もう何も言えない。
あの瞬間、美しいドレスを身に纏った彼女は、もう僕のバディであるマリーではなくなっていた。
王女————マリナス・アンドレアスだったのだ。
「マリーには、マリーのやるべきことがあるんだ……」
マリーはいずれ、この国の王となる。
この国を導いていく存在になるんだ。
ただの冒険者の僕が、自分の希望のままに誘っていいわけがなかったんだ。
王となる彼女を、応援しなくちゃ————
彼女は僕のことを、誰よりも温かく応援してくれた。
冒険者として更なる高みを目指そうとする僕の背中を、力強く押してくれたのだ。
その信頼に応えるためにも、しっかりしなくちゃ。
彼女の期待に応えるためにも、冒険者として頑張り続けなきゃいけないんだ。
それが、彼女への最高の恩返しになるはずだから。
でも、ずっと————
こうして、別れてからもずっと————
ずっと、君のことばかり考えてしまうよ。
夜の王宮は深い静寂に包まれ、月明かりだけが少年の姿を照らし出している。
銀色の光が、一人の少年の顔に複雑な陰影を作り、その表情に刻まれた感情を浮き彫りにしていた。
心ここに在らずの状態で、行くあてもなく廊下を彷徨い続けるその少年の姿。
足は自然と動いているが、心は遥か彼方の、もう手の届かない場所にある何かを求め続けている。
ただの別れ————進むべき道が違っただけのこと。
少年の物語は、そこで終わるはずだった。
だが、その時————————
王宮全体を震わせる凄まじい爆音が、夜の静寂を打ち破った。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
もしよければ↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
ブックマークもお願いします!
あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




