第103話 王であるならば、民を思うべき
「————ふん、甘いわね」
ヴィオレッタは無表情で、そう口にする。
その声音には感情の欠片も宿っておらず、冷淡さが漂っていた。
そして、優雅な所作で立ち上がると、ドレスの裾を翻して窓際へと歩を進める。
高い窓から眼下に広がる王国の全景を見下ろしていた。
「この世界は弱肉強食。貴族社会、相手を潰すか潰されるか」
窓に反射する彼女の表情には、怒りと憎しみが混じっているようにも見えた。
美しい仮面の下に隠された本性が、ほんの一瞬だけ露わになる。
「あなたのような邪魔者を、虫のように一匹ずつ潰してきたの————時に欺き、場合によっては悪とされていることにも手をかけた」
冒険者と契約し、王女を襲わせる。
毒物を使って暗殺を図る。
王族の座を奪い取るために、ヴィオレッタは手段を選んではいなかった。
この国の政治を司る宰相という重責にある身でありながら、その地位にふさわしからぬ数々の悪事を、まるで日常の些事のように平然と行っているのだ。
「————でも、そんなことは些細なことよね」
王族にさえなれれば、全てが手に入るのだから————
ヴィオレッタは窓辺から振り返ると、私の方へと身を翻す。
その瞬間、彼女の瞳が狐のように細く吊り上がり、赤紫に妖しく輝いた。
口元に浮かべた笑みは、邪悪で残酷。
底知れぬ狂気が滲み出していた。
「全てを食らった後に残るのが、王という絶対的な権力なのよ」
恐るべき、王族への執着。
権力への飽くなき渇望に取り憑かれたヴィオレッタは、自分以外の全ての存在を蹴落としてでも、王権を手中に収めようとしているのだ。
それが————そんな自分が、何よりも正しいと思っている。
自分こそがこの世界の中心であり、それ以外の全ての存在はくだらない塵芥、取るに足らない瑣末なゴミクズだとでも言わんばかりに————
————ふざけるなよ。
「分かっていないのはあなただ」
私は立ち上がる。
ヴィオレッタを精一杯睨みつけた。
胸の中で燃える、怒りを込めて。
「確かに私も、この世界は潰し合いだと思っていた————でも、冒険者になってみて、色々な経験をして、考え方が変わったの」
私もずっと、自分さえ良ければいいと思っていた。
仮面をかぶって、うまく立ち回る。
人によって態度を変えて、迎合したり、突き放したり————
常に人の顔色を窺って過ごす人生が、当たり前だと思っていた。
でも、クロの手を取って、冒険者になって————
世界が変わったんだ。
「ヴィオレッタさん、あの山脈の奥には何がいるか知っていますか?」
窓の向こうを指差す。
あの山脈の奥にいるのは、凶悪なモンスター。
放っておけば、人間達の生活を脅かすほどの危険が潜んでいる。
その脅威を、私は直に感じてきた。
「そのモンスターを倒すのに、冒険者がどれだけ努力しているか知っていますか?」
冒険者の血の滲むような努力を知った。
剣を振るにも、一朝一夕で習得できるものではない。
ましてやモンスターと戦うには、自分自身の才能を最大限に引き出さなければならない。
私は実際にそれを体験した。
クロと共に、何度も悩み、何度も壁にぶつかって、勝ち取ることのできた経験だ。
「そして、彼らを支えるのに、街の人が、どれだけ心血を注いで、支え合い、生きているか知っていますか?」
私が冒険者になり、勇者と共にグランドクエストを達成したのは、私達だけの力ではない。
宿を営む人、アイテムや武器を売る人、冒険者組合の人————
様々な人達が、誰かの役に立とうと、一生懸命日々を生きていたからだ。
人々の温かさを知った。
街に生きる人達がいなければ、王宮を出た私は何一つ成し得なかっただろう。
王族が————この国を統べる者が真にすべきなのは、この人達を守ることだったのだ。
「国は民いなくしてなりえません。国民のことを考えず、閉ざされた箱庭で、まるでゲームのように権力争いを楽しんでいるだけのあんたに、王の資格などない!」
断言できる。
常に民のことを思い、民を守るために行動する————これこそが王の資質なのだと。
王宮という小さな鳥籠で幅を利かすことに、なんの意味もない。
私が見るべきは、街のみんな————国民だったのだ。
それを、お父様はずっと見抜いていたのだろう。
それも今になって気づいたことだった。
「私は————あんたなんかに、王族の座を明け渡しはしない!!」
心の奥底に秘めていた全ての想いを込めて、私はキッパリと言い切った。
言いたいこと全てを、ヴィオレッタにぶつけた。
深い静寂が室内を支配する。
まるで時が止まったかのような、重苦しい沈黙が流れていった。
すると————
「はあ……面倒になってきたわね」
静寂を破ったのは、ヴィオレッタの深いため息だった。
彼女は心底うんざりしたという表情で、口を真一文字に引き結ぶ。
そしてその美しい瞳から、氷河のように冷たく鋭い視線を私に向けた。
「————死人の言葉に耳を貸すほど暇じゃないの」
次の瞬間————
ヴィオレッタが袖の内に隠し持っていた鋭利なナイフが、私の左肩に深々と突き刺さった。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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