第101話 囚われているなら、耐え忍ぶしかないじゃない
どれほど眠っていたのか、まるで時間の感覚がない。
とも現実ともつかない朦朧とした状態から抜け出し、ようやく目を覚ました瞬間、私は自分がどこにいるのか分からなかった。
記憶の断片が霧のように漂い、意識が混乱の渦に巻き込まれていた。
ぼんやりと視界に映るのは、湿気を含んだ石造りの壁と低い天井、そして部屋の中央にぽつんと置かれた燭台。
そのかすかな明かりだけが、重く沈んだ暗がりに淡い輪郭を与えていた。
腕を動かそうとすると、冷たい金属の感触が肌に食い込む。
鉄の枷が私の自由を奪い、背後の太い石柱に無情にも繋がれていることに気づいた。
枷の重さが手首の骨を圧迫し、少し動くだけでも痛みが走る。
寒さではない震えが背筋を駆け上がり、恐怖が全身を駆け巡った。
「お目覚めかあ? 王女様」
その声に、私は緊張する。
嘲るように私に声をかけるのは、冒険者、フォックスだった。
燭台の揺らめく光が彼の顔に不気味な影を落とし、その表情をより一層邪悪に見せている。
見下すような視線を、まるで虫けらでも見るかのように私に投げかけていた。
何かと因縁のある冒険者。
闘技大会の決勝でクロを痛めつけ、その後、私を罠に嵌めて殺そうとした。
そんな奴が、どうして王宮の中にいるのだ。
「どうやら、今はまだおとなしいようだな……前みてえに暴れるようだったら————」
フォックスは、目をギラギラと輝かせて、拳を振り上げた。
反射的に私は目を瞑り、身体が縮こまり、来るであろう痛みに備えた。
「やめろ!!」
その時、凛とした声が石造りの部屋に響き渡る。
それを声で静止したのは————
「————テレシー!?」
私の専属メイド————テレシーだった。
彼女も私と同じように囚われている。
いつも清潔に保たれているはずのメイド服は、汚れ、ボロボロになってしまっていた。
「マリナス様に危害を加えたら、殺すぞ……!」
そんな状態であるにもかかわらず、テレシーは敵に屈することはなかった。
とてつもない威圧感を出して、冒険者を睨みつける。
いつもの無表情だけど優しいテレシーは、そこにはいない。
「てめえもいつかの路地裏で世話になったな————おらああっ!」
「————っ!」
突然、テレシーの頬に容赦ない拳を叩き込む。
鈍い音が響き、テレシーの華奢な身体は衝撃に耐えきれずに後ろに倒れ込んだ。
石の床に叩きつけられた背中から、苦痛の呻き声が漏れる。
「テレシー!!」
テレシーの体が痛みに震えている。
大の男の、しかも冒険者の拳を喰らって、すぐには立ち上がれない。
しかし、フォックスの暴虐はそれだけでは終わらなかった。
悪魔のような笑みを浮かべながら、すぐにテレシーの元に歩み寄り、二発、三発と無慈悲な蹴りを腹部に加える。
テレシーの身体が蹴られる度に跳ね上がり、再び床に打ち付けられた。
「てめえみたいなただのメイドが調子乗ってんじゃねえぞ!」
何度も、何度も、テレシーの華奢な体を蹴り上げる。
彼女の苦痛に歪む表情を見るのが堪らなく、私の心は怒りと絶望で満たされた。
「やめてよっ!!」
私は大声をあげて、フォックスに制止を促す。
恐怖を抑え込み、精一杯睨みつける。
これ以上、大事な人を痛めつけられてたまるか。
「お前がやるか? いつもの超パワーでよぉ。やれるもんならやってみろよ!」
血に飢えた獣のように興奮しているフォックスは、獲物を狙う捕食者の目で矛先をこちらに向ける。
私の方へと一歩踏み出そうとした————その時だった
「それくらいにしておきなさい」
凍りつくように冷たい女の声が、石の部屋に静かに響いた。
その声には絶対的な権威が込められており、フォックスでさえも動きを止めざるを得なかった。
声のする方へ視線をやると、そこにいたのは紫色のドレスをまとい、椅子に優雅に腰掛ける女がいた。
背筋を伸ばし、脚を組み、私を見下ろすように座っている。
燭台の光が彼女の長い髪に紫の輝きを与え、その瞳に宿る影を際立たせていた。
そこにいたのは————
「ヴィオレッタ・レーヴェンシュタイン……!」
名前を呼ばれた彼女はただ、薄い笑みを口元に浮かべていた。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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