第99話 王になるなら、その手を取ってはいけない
「————ごめんね」
私がその言葉を口にした瞬間、先ほどまで温かな希望に満ちていた空気が、一瞬にして氷のように冷たく凍りついた。
淡い琥珀色の雰囲気が、まるで絵の具が洗い流されるように無色透明へと変わっていく。
目の前に立つクロの顔からも、色が無くなっていくのが分かった。
本当にごめんね————
私は、一緒には行けない————
心の奥底で、何度もその言葉を繰り返した。
静寂に包まれた中で、私は震える唇から一つ一つ言葉を搾り出していく。
まるで自分自身に言い聞かせるように、ぽつりぽつりと理由を語り始めた。
「私はこの国の王女。そして、いずれ女王になるの」
お父様から直々に告げられた。
次の王位をお前に譲ると。
私は、女王にならなきゃならないんだ。
それは、自分の贅沢安定生活のためだけではない。
「私には、私のやるべきことがあるんだ……」
女王として即位し、この王国を正しい方向へと導いていく。
宿の老夫婦、同業の冒険者達、シアターの劇団員————
この国に生ける人達の生活のために、誰かが立たなければならない。
そして何より、テレシー、お父様、お母様————
私を心から信頼し、期待を寄せてくれている大切な人々の想いを裏切ることなど、絶対にできない。
この王位というものの重みは、それだけ重いのだ。
「クロは————これからも冒険者をやるんでしょ?」
私は、目の前の彼に問いかけた。
答えなど分かりきっている。
クロは根っからの生粋の冒険者だ。
こんな場所で歩みを止め、立ち止まってしまうような人間ではない。
彼の瞳に宿る冒険への憧憬と情熱を、私は誰よりも理解している。
しかし、クロは困惑したように視線を逸らし、何かに迷ったように言葉に詰まってしまう。
「僕は————」
「辞めるなんて言わないでよ? あんたにはちゃんと才能あるんだから」
私は釘を刺すように、先回りしてそう言う。
私のことなんか気にしないで。
あんたには、あんたの道がある。
冒険者として更なる高みを目指し、憧れ続けてきた勇者の背中に追いつくまでの、道のりが。
「これからももっと高みを目指す。それを、私はずっと応援してるわ」
励ましの言葉を込めて、私は彼を送り出そうとする。
私にできることといえば、遠くからでも彼の活躍を見守り、心から応援し続けることぐらいしかない。
それが私の、精一杯の思いなのだ。
満天の星々が輝く夜空の下、私たちはたった二人きりで向き合っている。
冷たい夜風が、私たちの間を容赦なく吹き抜けていく。
その風はただ————切なく頬を撫でていった。
クロは————差し出したまま宙に浮いていた腕を、静かにゆっくりと引き戻す。
そして、クロは深く長い息を吸い込んだ。
まるですべての感情を飲み込もうとするかのように。
その息を吐き出した時には、見るからに無理をした作り笑顔を顔に貼りつけていた。
「————分かりました」
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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