表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/61

第9話 闘技大会に出る人がいなければ、自分が出ればいいじゃない

 地下闘技場。


 薄暗い松明の光が壁を這い、煤けた石造りの天井からは鎖や檻が不吉に揺れている。

 汗と血と酒の匂いが入り混じった空気は、肺に入れるだけで身の毛がよだつような緊張感を孕んでいた。


 様々な風貌の賭博師たちが金貨を手に熱狂し、荒くれ者たちは粗末な木製の椅子に腰かけて酒を煽りながら野卑な笑い声を上げていた。

 壁際では怪しげな取引が行われ、武器商人は闇取引の品を裏マントの下から見せびらかしている。



「————なんで私、1人で来ちゃったんだろ……」



 私はここに足を踏み入れたことを心の底から後悔していた。


 結局、戦士探しは惨めな失敗に終わった。

 今日一日中、街中の冒険者たちに頭を下げて頼み込んでいたというのに、一人残らず冷たく断られたのだ。

 嘲笑まじりの拒絶や、あからさまな軽蔑の視線を何度も浴びたことで、誇りというものが少しずつ削られていくように感じた。


 慣れないことはするもんじゃないな……


 それでも、私は最後の希望にすがるように、王都の裏社会へと足を踏み入れてしまったのである。

 地下闘技場の入り口に立った時、一瞬だけ引き返そうかと思ったが、もはや後戻りはできなかった。



 だがよくよく考えてみれば、私が闘技大会に出たところで、勇者の提示した「屈強な戦士2人を用意する」という要求を満たせない。

 何の意味もない行為だった。



 私は一体何をしているのだろう。



 今日はテレシーもいない。

 というか、こんな治安の悪い所に王女が来ていいはずがない。


 テレシーにも————



『いいですか? あの冒険者の頼みを聞いて、闘技場に行っては駄目ですよ? ほんとですよ? 絶対ですよ?』



 などと、口酸っぱく言われたのだが、その忠告を無視して密かに城を抜け出し、ここまで来てしまったのだ。



「マリナスさ〜ん! 待っていましたよ!」



 闘技場の入り口付近で、嬉しそうに手を振る姿が目に入る。


 これも全て、この新米冒険者が悪いのだ。

 この男が私と2人で闘技大会に出ようだなんて言い出すから


 この暴走列車野郎が!



「どうしたんですか? 元気ないですね」


「誰のせいだと思ってんのよ! あんたのせいでめちゃくちゃ危険なことに巻き込まれたのよ! 私怪我とかしたくないんだけど!」



 私は両手を高々と上げて不満をあらわにする。



「大丈夫ですよ〜〜、ほら、マリナスさんのために武器も買ってきたんですから」



 クロは満面の笑みを浮かべながら、私の方に何かを差し出した。


 それは、刃渡り50センチほどの小さな短剣だった。



「こんな果物ナイフで何ができんのよ!」


「ちょーーい! 果物ナイフとは何ですか! これ武具屋で買ったちゃんとしたやつなんですよ!?」



 私が遠くへ投げ捨てようとした短剣を、クロが必死に止める。

 その様子はまるで子供の取っ組み合いのようだった。


 しばらく揉み合い、汗ばんだ額を拭いながらようやく落ち着いた。



「はあ……本当にこんなんで勝ち目はあるの?」



 私の声には諦めの色が濃く滲んでいた。

 一方で、地下闘技場の喧騒は刻一刻と高まっていく。



「大丈夫です! 僕が戦い、あなたが癒す。それで絶対に優勝できます」


「無理よ……そんなの絶対————」



「いいや! できます!」



 クロは自信満々に胸を張る。

 その姿はあまりに堂々としていて、周囲の威圧的な雰囲気すら彼の周りだけは晴れているように見えた。


 何なのこの子。


 どこから湧き出てくるのだろう、その揺るぎない自信は。


 運にも才能にも恵まれず、まともな武器や防具さえ揃えられない時点で、既に勝負の世界では負け組なのは明らかだ。

 普通だったら身の程を弁えて、色々と諦めてしまうはずなのに。



 それなのにどうして、そんなに高い理想を掲げられるのだろうか。

 何を信じて、困難に立ち向かっていけるのだろうか。



「さあ、大会エントリーはもう済んでるので、もうすぐ第一回戦が始まりますよ!」


「え!? も、もう始まるの!?」



 クロはそう言いながら、私の手首をぐいぐいと掴んで引っ張っていく。


 ま、まだ心の準備が————



「大丈夫」


「……!」



 クロと目がパチリと合った。

 そこには不思議なほど澄み切った、輝く純粋な瞳が私を覗き込んでいた。


 その瞳は闘技場の薄暗い光の中でさえ、星のように輝いて見えた。



「あなたは僕が守ります」



 突如として真面目な表情に変わったクロに、思わず見惚れてしまう。


 その時の言葉、力強い視線が私の胸に焼き付いていた。


読んでくださりありがとうございます。



主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。

もしよければ↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!


ブックマークもお願いします!



あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!


よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ