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夢は叶った

 私が議長をやめ政界から姿を消した。

 世界が急激に変化する中、私はフェーム諸侯連合のとある領地に住むことになった。

 かつて帝都フェームへ行く途中に見た時から、この牧歌的な田舎に憧れていた。

 水車があり、馬車が走る。ビルや巨大建造物がなく草原と剝き出しの道路が広がっている。


 私は私財を投じて、孤児院と家を建てた。

 洋館の大きい家だがそれでもフェーム諸侯連合の物価は安く、ユマイザルの一等地に一軒家を建てるよりも安い。

 同じようなものを買うのに地域間で物価差がある。これは格差の象徴だった。


 孤児院を建てたのは他にやることがなかったのももちろんそうだが、罪滅ぼしでもあった。

 かつてのフェーム帝国との戦争で一般市民にはそれほど被害は出なかったが、それでも孤児が生まれた。かつてのハンナや私のような孤児だ。

 彼らがせめてまともな生活と食料にありつけるべきだと考えていた。自ら戦争を起こしておきながら自分勝手だと分かってはいるが。


 孤児院の運営はこの領民たちを雇って行っている。こうすれば雇用も生まれ地域に貢献できるだろう。

 私は時々顔を出すようにしている。フェーム帝国とユマイル民族戦線との戦争が孤児になった間接的・直接的原因な場合もあり、やはり感情的にどうかと思っていた。

 だが、子供たちは私に対して懐いてくれ友好的に接してくれた。まだ知らないだけなのかもしれない。

 しかし、子供たちの真っ直ぐな視線に私は感動をせざるを得ない。この孤児院の子供たちが立派な大人に成長することを私は切に願っている。


 四年後。私はコーヒーを入れ外を見ながら、日課の新聞を読んでいた。

 新聞にはかつてフェーニング連邦準備委員会優先委員長を務め、今は初代大統領のフィール・アンブレラが出ていた。

 かつてのどこか自信なさげな風貌は消えて、立派な堂々とした立ち振る舞いである。

 もう私の助けなどなくとも職務を全うできるだろうし、そもそも論彼女は私のことを覚えているだろうか。


 私が新聞を読んでいると、誰かが近づいてきた。メイドだった。

「失礼します。来客だそうです」

「来客?どなた?」

「エマリー・ユナイテッド様です。"ウージ・ゲート"の証人喚問で、ウォール様をお迎えに上がったと」

 私は思わず緊張した。エマリー軍代理としてウォール政権で共にしたかつての仲間だったからだ。

「懐かしい。早速出迎えよう」

 私は立ち上がり、メイドとともに入り口へ向かう。

 数台の馬車が止められていた。中からエマリー・ユナイテッドが出てきた。私は懐かしさからか思わず近づいた。

 ストレスのせいだろうか、やはり四年もたてば年を実感する。


「エマリー軍代理…失礼、もう軍代理ではないよな」

「はい。今はフェーニング連邦軍参謀本部長なので」

「フェーニング連邦軍の制服組トップか…。偉くなったものだな」

 私がなつかしさのあまりしみじみというと、エマリー参謀本部長が「いえ…」と謙遜していた。

「お茶でもいかが?もしお時間よろしければ」

 エマリー元軍代理を誘うと、彼女は微笑んだ。

「ええ。是非」

 エマリー元軍代理と私は家に入り、リビングへと向かう。

 後ろからは二人の男性兵士と一人の女性兵士が警護についていた。


「警備がつくのか」

「立場が立場ですし」

「それもそうだな」

 フェーニング連邦参謀本部長だ。暗殺されれば大問題になる。

 私はリビングに案内して、メイドにお茶を頼むことにした。

「エマリー元軍代理も紅茶でいいですか?」

「はい。問題ありません」

「警備の方は?」

 三人に聞くと黙って首を振った。

 そのためメイドには二人分の紅茶を入れてもらうことににした。

「遠路大変だったでしょう」

「こんなに山奥だと思いませんでした」

「"フェーム州"はまだインフラが整備されていないのでね」

 "フェーム州"は旧フェーム諸侯連合のことだ。

 フェーニング連邦発足後ユマイル民族戦線はユマイル州となり、ネルシイ商業諸国連合はネルシイ州、フェーム諸侯連合はフェーム州となった。

 連邦制であるため、州には高度な自治権が与えれている。

「同感です」

「この地域は物価も安い。フェーニング大陸は広く、豊かな人ばかりではない。彼らにも恩恵を得られるようにしなければ社会の不満がたまる」

 私がつぶやいた。

「この場所にいてそうお考えなのですか?」

「ああ。フェーム州には高等教育どころか初等教育すら受けていない人がいる。高度な自治権は放置することを意味しない。しっかりと再分配することが大事だと思う」

 私の言葉にエマリー元軍代理は頷いてくれた。

「だが、ここはいい場所だ。のどかで自然豊か。人々は皆支えあって細々と生きている。私はずっと所得と工業化こそが豊かさだと信じてきたが、必ずしもそうとは限らないのかもしれない」

「私も隠居したら、こういうところに住みたいですね」

「それはいいと思うぞ。議長をやめてからくたびれてしまった。何もやりたくないと考えていたが、この土地はその疲れさえも潤してくれる」


 メイドが紅茶を二人分持ってきてくれた。エマリー元軍代理と私が会釈をした。

 エマリー元軍代理が無言で一口飲む。

「美味しいです。ありがとう」

 エマリー元軍代理の言葉に、メイドが静かに頭を下げた。

「ウォール議長の健康が私は心配でした」

「見ての通りあんまり良くないな。老後の生活をしている気分だ」

 私は自分の目の下のクマを考えながら言った。

「寝不足なんでしょうか?」

「寝れない。ハンナが出てくる。悪夢を延々と見させられるのはいい気分がしない。ハンナにまた会いたいな…」

 私が呟くと重々しい沈黙があたりを襲う。

「こういうことを言うのは良くないのかもしれませんが、ハンナ諜報長官は今のウォール議長を見なくて良かったかもしれませんよ」

「…?」

「だって、こんな腑抜けたウォール議長を見たらハンナ諜報長官、恋から覚めてしまったかもしれませんし」

 思わず私は乾いた笑顔が湧いてきて、それが止まらなくなって、悲しみよりもフラットで無機質な感情が止まらない。ただ、詰まったような声を出して、私は酷い表情をしていたと思う。

「それもそうかもしれないな。ハンナが死ぬよりも…ハンナが私に関して冷めてしまうほうがよっぽどの拷問だったかもしれない」

 ハンナが私のことを軽蔑した目で見て、ほかの男へ行くのを考えたら寒気がしてきた。見るに堪えない。私は自死を選んでいただろう。


 ふと、新聞のことを思い出した。

「フィールは?元気にやっているか」

「ええ。フィール大統領はまさしくこの国の新しい指導者と言っていいと思います。彼女は国民から負託を受けたフェーニング大陸の新しい指導者です」

 エマリー元軍代理が力強く言い切った。私は安心した。強くなったなフィールと私は思った。実際、新聞を見ても指導者として相応しい人間になった。

「ウォール議長の心配は杞憂だと思いますよ」

「かつて、エマリー元軍代理は『お相手がそれまで待ってくれるといいですが』と言っていたな。二人とも待ってくれなかった。フィールの話はうれしいが、ハンナは…そこに行ってほしくなかった」

「ウォール議長…」

 エマリー元軍代理は静かに憐れむ声を出した。

「政界へは戻られないんですか?」

「戻らないと決めた。私はユマイルの民族主義者から英雄視され、ネルシイや旧フェーム帝国の復興を掲げる過激派からは憎悪の対象だ。

私の政界入りはフェーニング連邦の崩壊を招く。今は社会の分断を癒さなければならない。ユマイル民族戦線、ネルシイ商業諸国連合、フェーム諸侯連合。多様性を認め、新しい社会を築く必要がある。

もう、私の時代は終わったんだよ」

 エマリー元軍代理は何も言わなかった。ただただ沈黙が覆う。

「それならば…老後の趣味でも考えてはいかがですか?」

「ああ。私財を使って孤児院を始めたんだ。隣に大きな建物があっただろう」

「ありました。綺麗な建物でした」

「建てたばかりだからな。大陸統一に伴う戦争やテロで両親を失った子供たちを保護している。私も当然運営者として様々なことをしているが、立場が立場なだけに子供たちとは直接接することは少ないな…」

「素晴らしいご趣味じゃないですか」

 エマリー元軍代理の言葉に私は胸が痛くなった。

「加害者がカウンセラーを気取っている。大陸統一を始めたのは私で、彼らが親を失ったのはそれらが間接的・直接的な要因。これでは偽善者だ」

 エマリー元軍代理は視線をそらして、

「それでもウォール議長は今まで社会を思ってきました。それが例え自分の理想であったとしても、結果的に社会のためになるならば…それは誇っていいはずです」

「…ああ。そうならばいいな」

 今更時は戻ってこない。失われた命も。ハンナも…。


「そろそろ行きましょうか。ウォール議長は証人ですし、連れて行かなければなりません」

 エマリー元軍代理がつぶやく。

「新聞で"ウージ・ゲート"を初めて知ったが、正直私は全く知らないぞ。役に立つ証言ができるとは思えないが」

 "ウージ・ゲート"とはかつてウォール政権下で財務部長、ユマイル民族戦線最後の議長であるウージ・ボーンに関する政治疑惑だ。

 フェーム帝国との戦争の際に大量に発行した戦時国債が、ユマイル民族戦線解体時に横領されたのではないかと言われている。

「知らないのなら証言の時にそうおっしゃっていただければ大丈夫ですよ」

「…どちらにしろ拒否権はないわけだ。行こう」

 私たちは紅茶を残し、リビングを離れる。

「ウォール議長ー--!!」

 私たちが庭に出たあたりの時、高く無遠慮な声が響いて、柵を乗り越えて孤児院から無邪気に手を振る少年がいた。鼻水が出ているし、遊んでいて転んだのか服に土がついている。

 私は手を振り返した。すると少年は手を振る速度を尋常ではないほど加速させる。

「好かれていらっしゃるじゃありませんか」

 エマリー元軍代理は私に声をかけてきた。

「ああ、ありがたいことにな。彼、すごいんだぞ。将来の夢はフェーニング連邦の大統領だそうだ」

「あらまあ」

 エマリー元軍代理は嬉しそうに声を上げた。

「今のうちに挨拶しておいた方がいいんじゃないか?将来の上司だ」

「それは大変です。菓子折りを持っていくべきでしょうね」

「彼の好物は駄菓子だ。覚えておくといい」

 私の言葉にエマリー元軍代理は笑った。

「彼が大統領になるまで長生きしないといけないですね、ウォール議長?」

「ああ、見れるといいな」

 私が遠い目をして呟いた。


 入り口につくと軍の人間と…制服から見るに治安当局だろうか、三人ほど出迎えてくれた。

 紅茶をいれた人とは別のメイドが、私の荷物を軍の人間に渡し、馬車に乗せていた。

「ウォール議長を馬車までご案内して」

 エマリー元軍代理がそういうと、二人が案内してくれた。まるで罪人になって連行される気分だ。

「こちらです」

 私は一番後ろの馬車に案内されるとドアを開けて、入るよう促される。そして向かい側に治安当局らしき人間と軍服の人間が座る。本格的に罪人だ…。

 私はうんざりとして、私の家と孤児院を窓から見つめた。

 少しして馬車が進みだした。段々と、離れていく。いつ帰ってこれるだろうか。メイドには下手すれば一週間帰ってこれないという話をしているし、それを前提に進めている。

 エマリー元軍代理と話していると昔を思い出した。議長としてユマイルの指導者になったあの日のこと。そして、ハンナとの日々のこともだ。


 私はユマイルの行政区に何か大切なものを忘れてしまったのだろうか。

 私はこの四年間どこか魂が抜け、ふわふわとしていた。

 生きているはずなのに本当に生きているのか疑わしくて、実は夢で、起きたら目の前にハンナがいるなんてこともあり得るような気がしてしまう。

 長くうとうとしていたような気がする。

 ふと、少年のころのような心持ちで窓から風景を見た。笑顔の幼いハンナの面影が見える。

「リ…ナ…?」

 私は窓の風景に映ったハンナに視線を引き寄せられていると、


「フェーム帝国バンザアアアアアアアアアアアアアアアアアアイ!!」


 反対側から大きな声が聞こえた。

 振り向こうとした刹那視界は暗転し、ぐるぐると回される。

 ただ遠くへ飛ばされる感覚を味わい、外の空気を味わう。激しい爆発音が聞こえたはずなのに、耳が痛いだけで何の音かよく理解できなかった。

「ウォール元議長の馬車が爆破されたぞ」

「フェーム分離派か?!」

 男たちの悲鳴に近いような叫び声が聞こえる。パニック状態になっているようだ。横には燃え盛る 馬車と木片が見えて、上には大自然の青空と火の粉が見えた。

「ウォール議長!!」

 近寄ってくる女性には聞き覚えがあった。あれだけ一緒にいたんだ忘れるはずがない。

「エマリー参謀本部長!!危険です!!」

 エマリー元軍代理の部下たちが数人駆け寄ってくる。

「エマリー…軍代理…」

 私はかつての役職で呼び手を伸ばす。手には力が入らず弱々しく、老人のようだった。

 エマリー元軍代理が強く私の手を握ってくれた。かつてハンナが死ぬ時の私のように。

「立ち上がりたいが、下半身に力が入らないんだ」

「下半身ありませんから…」

 エマリー元軍代理が痛々しく笑う。耐えられず涙をこぼした。

「そうか…」

 爆殺されたのか。もう、私は生きられないのか。

 私の人生は色々なことがあった。

 難しく変なこともし、不幸な事さえもあった。いつも自分の選択に自信を持てず、間違っている気がしてならなかった。

 だがこうして死を宣告されると、痛いというよりも穏やかな気持ちになれて、今までの行いを客観視できた。


「私のやってきたことは…正しかったんだろうか…」

 エマリー元軍代理が涙を堪える。強く強く握りしめた手は離れそうになかった。

「分かりません。でも、意義があったと思います。後世の人々が評価してくれます」

 エマリー元軍代理が決意のごとく言ってくれた。私はそれを聞いて暖かい気持ちになり、何か重荷が外れた気がした。

「ああ。それを聞いて安心した…」

 私は静かに視線を閉じ、真っ暗な空間をどこまでもどこまでも落ちていく。

「ウォール議長!!ウォール議長!!」

 落ちれば落ちるほどエマリー元軍代理の声は遠く静かになってった。


 私が落ち続けると、ふと海底のような場所に落ちる。白と黒だけの場所。

 だが、目の前にはハンナがいた。ハンナが私に手を差し出す。

 私がかつてハンナに「軍へ行こう。ここから出よう」と言ったあの時のように。あの時から私たちの物語が始まった。

 あの時ハンナの手を引っ張って、社会を生きやすいものに変えてやると決意した。この決意が今まで私を生かし続けてきた。

 もう悔いはない。私は微笑むハンナの手を取った。


END

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