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帰るべき場所

 フェーム帝国崩壊後、フェーム諸侯連合が発足し諸侯の中でも旧王族であり序列の高い、エイツ・クレームがフェーム諸侯連合・初代諸侯長に就任した。

 彼はユマイル軍事顧問の指導の下、懲罰的攻撃を加えたネルシイ商業諸国連合と停戦交渉を開始した。


 かつてのフェーム帝国はネルシイが占領した地域の返還と賠償金を要求していたが、フェーム諸侯連合はあくまで停戦のみに絞られた。

 これはフェーム諸侯連合の意思というよりも、ユマイル民族戦線の意思だと言えるだろう。

 我々としては旧フェーム帝国の権益問題で、不用意にネルシイ商業諸国連合を刺激したくなかった。


 しかし…私も予想できていたことだが、ネルシイ・フェーム停戦交渉は難航した。

 ネルシイは当然フェーム諸侯連合がユマイル民族戦線の傀儡国家だと分かっていたし、自分たちが軽軍備路線で大動員できない中、ユマイルが旧フェーム帝国の利権をかっさらったのに激しい不満を示していた。

 フェーム諸侯連合の発足から一週間ほどたったころ、私とフィール外交部長、エマリー軍代理らが本国へ帰ることとなり、十八師団は帝都フェームへ駐留する四師団を残し転用されることとなった。

ルム兵站課長らはユマイル軍参謀本部から正式に出向し、フェーム諸侯連合のユマイル軍事顧問に就任した。


 帝都フェームを離れるとき、私とエマリー軍代理はルム兵站課長に話しかけた。

「このような仕事を任せて、申し訳ない。危険で不安定なものであり、端的に言えば出向だからな。だが、決して左遷ではない。これは君にしか頼めないことだ」

「自分は与えられた任務を着実にこなすだけです」

 ルム兵站課長は軍人らしく答えた。

「うむ。ありがたい言葉だ。フェームのことは任せたぞ」

 エマリー軍代理がルム兵站課長に話しかけた。

「あなたはいつも軍人として祖国に尽くしてくれました。ありがとう。…中央に戻ってくる時は必ずポストを空けておく、私が生きている限りね」

「そこは生きてください」

 ルム兵站課長がそう答えた。

「何とも言えない。ここから先はきっと混乱続きだから」

 エマリー軍代理が笑って答える。


 別れを惜しみ、私たちは馬車に乗り込み帝都フェームを去った。

 一週間程の短い滞在であったが、この帝都フェームを忘れることはないだろう。

 ユマイルへ続く道には、灰色の雲がかかっていた。

 また、あの数日にも及ぶ長旅を経て、ついにユマイルの首都ユマイザルに到着した。

 馬車を降りて、真っ先に私を迎えてくれたのはやはりハンナだった。

「おかえり、ウォール」

 リはいつもと変わらない笑みだった。帰ってきたんだなと私は感じた。

 別にこの行政区は家でもないし、故郷でもない。だが、こうしてハンナが私に「おかえり」と言っているだけで、帰るべき場所なのだとそう感じられるんだ。

「ただいま、ハンナ」

 私は力を抜いて答えた。


「どうだった?帝都フェームは?」

「悪くなかった。さすがだ、芸術的な場所だったよ」

「そっか。私も行ってみたかったな」

 ハンナは少し寂しそうにつぶやいた。

 …少し、あざといな。

「行こう。大陸を統一すれば、きっといつでも行ける」

 ハンナは笑った。

「そうね。ウォール頑張っていたから、気分転換になったらいいね」

「私はハンナといる時間のほうが幸せだ。安心する」

 私がぼそりとつぶやくと、ハンナは真っ赤な顔をしてそっぽを向く。

 自分の言った言葉が何を意味するか、時間が経てば経つほど鮮明になり、私も恥ずかしくなった。


「馴れ合うのはよろしいですが、仕事の話も聞いたらどうですか」

 振り返ると不機嫌そうなフィール外交部長がいた。

 ハンナも不機嫌になった。

「ウォール議長は今帰ってきたんですから、仕事の話なんてしなくていい。迷惑極まりないでしょ」

「職務放棄ですか?」

「ちゃんと後で聞くわ。ウォールとは信頼関係があるもの」

「そうですか」

 フィール外交部長が不快そうに言い放ち、歩いて行った。


「ごめんね、ウォール。疲れていたのに、変なところ見せて」

「いいや、いいんだ。本当にフィール外交部長と何があったんだ?フィール外交部長、普段は上品で大人しいのに、ハンナとは相当険悪で嫌っているみたいだぞ」

 ハンナはうつむき気味になる。

「前も聞いた。結局教えてくれないのか。それとも私が信用できないのか」

 私がハンナに近づくと、ハンナは視線をそらしたまま言った。

「私、ウォールに嫌われたくないの…。だから」

「私は思わせぶりな態度が嫌いだ。悪い女の常套句じゃないか」

「本当よ!!信じて」

 ハンナは慌てた素振りをして私を見ると、苦痛と不安にあふれた顔をした。

 普通の人間ならばさほど気にしなかったかもしれないが、ハンナにそういう顔をされると罪悪感が大きすぎて、思わず視線をそらした。

 前聞いた時も、結局私には直接的に関係ないと。別にフィールとハンナに何があろうと大陸統一に決定的支障をきたさないと。そう結論付けたはずだ。

 だから、別に聞いたって何になる。ハンナが仮に私を信用してくれていても、言いたくないことだってある。

 信じようと毎回思うのに…どうしてこんなにも不安感は募るのか。


「ああ…」

「ごめん」

 ハンナは静かに言う。

 ここでこんなことを議論していても本当に何にもならない。

「私が留守にしている間、大丈夫だったか?」

「ええ。ウォール議長がいつ帰ってきても大丈夫なように」

「何か変わったことはあったか?」

「変わったこと…。ネルシイのことでしょう?」

「これからの最優先事項だ。これからは彼らとの対応が主な仕事になると思う」

「それは諜報部がレポートをまとめてあるから、安心して」

 ハンナが微笑んだ。本当に頼りになる。

「助かる。安心した」

「私はウォールとずっと一緒にいるよ。だから、安心して休んで。長旅に疲れたでしょう」

「ありがとう」

「一緒に帰りましょう。ウォール」

 私はハンナとともに建物の中へ入っていった。


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