フィルのスキル
ガンザは荷台から顔を出し、しばらく目の前の落石たちを睨んでいた。
じいさんが悲鳴をあげる。
「ここにいたら土砂に飲み込まれるかもしれない。戻りましょう」
「いいや、駄目だね。おい、お前ら」
ガンザは俺とフィルに向かって、外に出ろと顎でジェスチャーした。
「あの岩を全部どけろ」
「――い、いい加減にしてください!」
勇気を振り絞ったような声でフィルが叫んだ。
「どうしてあなたにそんな命令をされなければいけないんです? それにそんな危険なことできません。落石はまだ続くかもしれない。おじいさんの言う通り、崖の上に戻るべきです」
ガンザはおもむろに背中の剣に手をかけると、それを勢いよく引き抜き、フィルに切っ先を向けた。
フィルは青ざめた顔で言葉を失う。
ガンザの血走った眼が俺たちを交互に睨んだ。
「いいからやれ。急げよ。じゃなきゃ、ここで死ぬか」
――本気でやりかねないな。
ここまでか、と俺は立ち上がった。ガンザの殺気と共に切っ先が即座に、俺に向く。
「勝手に動くな、殺されてぇか」
「へっ、まるで盗賊だな」
こんな状況になってしまっては、もうスキル【男様】を使うしかない。このスキルは使えば、ガンザたちを制圧することは簡単だろう。
だがそれでは、フィルのためにならない。
俺の一連の行動は、フィルが弱腰を改めるきっかけになればと、わざとやったことだった。
あるいはフィルが、頼りになる仲間に足るかどうかの、試験のようなものだった。
その結果俺は……フィルはもう、村に帰るべきだと判断していた。
無理をしてわざわざ危険を冒す必要はない。
ひと段落したらもう、フィルに別れを告げよう。
ちっとばかし寂しい旅路になるが、そもそも俺はこの世界に独りでやってきたのだ。そう都合よく仲間が集まるはずもない。
「やれやれ、スキル……」
男様を発動しようとした、そのとき。
「――おいてめぇ、誰に刃物向けてんだ」
一瞬の出来事だった。
フィルが思い切り振りかぶって、ガンザの顔面に拳を叩きつけたのだ。
その威力はすさまじく、ガンザは荷台ごと吹き飛ばされて、外に吹っ飛んだ。その勢いで俺たちも荷台から転がり落ちてしまう。馬車はフィルのそのたった一発で、大破した。
俺たちは冷たくぬかるんだ地面に倒れた。
フィルだけがまっすぐ地面に降り立ち、仁王立ちして倒れたガンザを睨みつけている。
「スキル、【悪魔な小生意気】!」
フィルはそう叫ぶなり、起き上がろうとしていたガンザに向かって一足飛びで距離を縮める。瞬きののち、フィルはガンザの首根っこを掴み、大柄な彼女の体をいとも簡単に、片手で空中に持ち上げた。
ガンザは苦悶の表情を浮かべる。
「ぐああ……!」
フィルはにたにたと笑いながら、苦しむガンザを眺めていた。
「くくく……最高の気分だぜ。兄貴のおかげでようやく、目が覚めた」
アニキって……ひょっとして俺のこと?
「フィル! お前、スキルを持っていたのか」
驚く俺の声に、フィルは首だけで振り返った。
「ああ。まともに発動したのはこれが初めてですがね。今までの俺は、このスキルの習得に励みながら、しかし、このスキルを使うのが怖かった。だから一度も使うことなく、ルミールたちに支配されていた……。いつの日か、冒険に出たそのとき、使うべきだと、ずっとこのスキルを封印していた。だが、違う! むかつくやつが目の前にあらわれたとき! その瞬間こそがこのスキルを発動すべきときなんだ! ぎゃーははははは!」
フィルの性格はすっかり変わってしまっている。どうやら、身体能力がアップする系統のスキルらしいが……まるで二重人格じゃないか。乱暴を通り越して、今のフィルは凶暴そのものだった。
「くっくそ、離せこら!」
叫び、ガンザは抜刀していた刀を、素早く振るった。刃はフィルの顔面に向かって一閃! ざきん、と鈍い音を立てて刀は止まった。
フィルはその刃を、歯で受け止め防いでいた!
あまつさえ、その刀をばきん! と音を立ててかみ砕いてしまう。
「ば、ばけもの」
ガンザは恐怖に震えた。
フィルが大声で下品な笑い声をあげる。
「ぎゃははははは! 俺は最強だ!」
ガンザの首を絞めるフィルの握力が、どんどん強まっていく。それに伴って、ガンザの顔が真っ赤に膨れ上がっていく。やがて、ガンザはがくんと力を失うと、顔色を真っ白にして気絶した。
フィルはガンザをゴミでも捨てるかのように、地面にほおって、また笑うのだった。
俺はその様子を見ながら、ちょっとばかしフィルが怖くなる。
うーむ、ちょいとやりすぎじゃないかこれ。ガンザのやつ、死んでなきゃいいが。
俺の思惑通りになったとはいえ、こんな展開は予想外だった。
ガンザの仲間たちは気絶したガンザを抱えて、一目散に逃げて行ってしまった。いつの間にか、じいさんも馬を連れていなくなっている。
あとには大破した馬車の残骸だけが残っていた。
やがて雨は晴れて、青々とした空が峡谷の谷間に広がっていた。
俺はやれやれ、と体についた泥を落とした。
「仕方がない、崖の上にあがって、橋が復旧するのを気長に待とう」
フィルにこんな勇敢な側面があったなんて。
これは、前言を撤回しなければならない。
しかし。
フィルは俺の肩を横からがっちりと掴んだ。
目をランランと輝かせたフィルの顔が、鼻先に迫る。
「何言ってんすかアニキ! 俺、アニキの旅の目的に感動したんすよ! エンナをぶったおそうだなんて、そんなこと言う奴、この世界にアニキだけっすよ! 俺、めっちゃ熱くなりました! だからねアニキ、この目の前の岩全部、放り投げてやりましょうや! そっちの方がすぐエルドにつきますぜ!」
「ん、ん~と……まずねフィルくん、スキルを解こうか。いつもの君に戻ってくれたまえ」
「いやっす! こんなにすがすがしい気分生まれて初めてなんす! さあアニキ! 急ぎましょうや! 全身全霊をかけて、この岩をすべてどかすんですよぉ!」
「た、たすけて……」
その後、まる一日かけて、俺たちは落石をどかすことができた。土砂崩れが起きなかったのは奇跡といえるだろう。ただ、そうまで苦労したところで、もう馬車はどこにもないのだが……。
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