私は戦う!
俺たちは、ルミールの放つ凄まじい殺気に気圧された。丸腰の俺たちに対して、少しの油断もない。今、目の前にいる彼女は、昨晩の間抜けな酔っぱらいの彼女ではなかった。
ルミールは独り言のように呟いた。
「お前、スキルを使ったな。けど一体、何をした?」
俺はルミールの言葉には答えず、フィルを後ろに下がらせた。
「フィル、俺の後ろに隠れていてくれ」
「駄目ですサカタさん逃げないと! ルミールは二刀流の達人なんです。彼女とまともに戦っても絶対に勝てません」
まともに戦って勝てる相手ではないのはわかっている。しかしこのまま背中を向けて走り出したところで、逃げ切れるような相手でもないだろう。
なら、勝機は一つだけ。
ルミールは俺のスキルを警戒している。さっきから両手に構える刀を、少しも緩めることなく丸腰の俺たちに向け続けているのがその証左だ。
この【男様】というスキルで何ができるのか、どうやって力を制御すればいいのか、今の俺にはまるでわからない。ついさっき、何が起きたのかもわからなかった。
だがそれは、ルミールも同じことだ。
ならば策があるかのように振舞ってルミールと交渉すれば、付け入るスキはあるかもしれない。
「ルミール! 交渉しよう。俺たちを逃がしてくれ。そうすれば俺は誰も殺さない」
誰も殺さない。もちろん、はったりだ。俺に本当にそんな力があるか、わからない。だが、できるかのように振舞うのが重要なのだ。
ルミールは鋭い切っ先を俺に向けたまま、動揺したそぶりは見せない。
「スキル【男様】か……。ふん、よっぽど強力なスキルのようだな。何故、最初からそのスキルを使わずに、俺たちに大人しく誘拐されたんだ?」
ここで回りくどい嘘をついても意味はない、と俺は判断する。
「スキルの使いかたがわからなかったんだ。俺はこの世界に来て間もない異世界人だ」
「スキルの使いかたがわからない……?」
ルミールは眉根をひそめた。俺はぎくりとする。
「な、なんだよ。なんかおかしなこと言ったか?」
「スキルというものは普通、生涯をかけて獲得するものだ。長い時間をかけて習熟するはずのスキルの使いかたを、さっきまで知らなかっただと?」
げっ。そ、そういうもんなの?
俺はびっくりしてフィルの顔を見た。フィルは涙目になって、こくこくと頷いている。
ルミールは邪悪な笑みを浮かべた。
「言っている意味はよくわからないが、お前、スキルを使いこなせていないな。なら、近寄らなけりゃ怖くはない」
ルミールは突然、大きく振りかぶった。それは丁度、野球のピッチャーが豪速球を投げるときのフォームに似ていた。
「スキル【追尾する凶刃】!」
一閃。
ルミールはものすごい速度で、刀を一本、俺たちに向かって投げた。
刀は空を切るような速度で俺たちに飛んでくる。俺は、瞬きをする余裕さえなかった。
「危ない!」
間一髪のところで俺はフィルを強引に地面に倒した。頭上すれすれを、恐ろしい音を立てて刀が通り過ぎていく。
ほっとするのもつかの間。
避けたはずの刀が、空中でくるりと回転したかと思うと、また俺たちに向かって飛んできた!
「きゃははっ! これが俺のスキルだ! お前たちにぶっささるまで、その刀は飛び続けるぜ!」
俺とフィルは一刀目を避けるため、地面に倒れた。最早、起き上がる暇もない。
フィルがぎゅっと俺の胸に顔を埋めた。目の前に、凶刃が迫る! ちくしょう、よけられねぇ!
――やれやれ、情けないやつだ。股間にぶらさがってるお前の『男様の象徴』が泣いてるぜ?
また、頭の中で声。
刀が俺たちの眼前に迫ったその瞬間。
刃がぐにゃりと曲がった。
「なにぃっ!」
ルミールが、信じられないといったように声をあげる。刀はどさり、と目の前の地面に落ちた。まるで飴細工のように、根元から湾曲している。鉄格子と同じ状態だった。
そのとき、俺の心臓がどくりと跳ねた。まるで煮えたぎったマグマが、全身を駆け巡っているかのように熱くなる。
俺は胸を抑えて苦痛の声を上げた。
「あううっ……!」
――情けない声をあげるなよ。最初はちっとばかしきついが、慣れれば最高の気分だぜ。
「お前、誰だっ」
――悲しいこと言うんじゃねえ。ずっと一緒にいただろ? 俺は、お前さ。お前は、俺なんだ。
耐え難い、焼き付くような感覚が俺の全身を覆いつくした。
「ぐあああああ!」
「サカタさん!」
フィルの声にも何も答えられないで、俺は地面にのたうち回る。
やがて頭の中で、ぷつり、と血管の切れるような音が響いた。
その瞬間から、何とも言えない爽やかな感覚が全身を貫いた。
俺は笑いを堪えられなくなり、立ち上がってその場で大声で笑い出した。
「ぎゃははははははははっ!」
慣れれば最高の気分だぜ。
誰かのその言葉の意味が、はっきりとわかった。
俺は、スキルが発動しているのを、完全に理解していた。
無意識のうち言葉を呟く。
「男は偉いんだぜ……くくくっ」
全能感が俺の全てを支配していた。そうしておかしくってしようがない。何故ならこの世の万物は全て、この俺様にひれ伏すためにある。
俺は、王だと思った。この俺こそが、頂点に君臨しているのだ。
俺はにやり、と独り言を呟いた。
「なるほど、これが【男様】か」
「さ、サカタさん、髪形が変わって……」
フィルが怯えたように俺を見上げていた。俺は自分の頭に手をやる。全ての髪の毛が逆立って、生きのいい芝生のように上空に突き立っている。
感覚的にこれは、怒張だと思った。俺の髪の毛は、いや、俺の全身は今、怒張しているのだ。
ルミールが声色に恐怖を滲ませながら叫んだ。
「不気味な野郎だ! スキル【追尾する凶刃】!」
また、凶刃が俺に向かって飛んでくる。しかし俺はもう、そのちっぽけな代物を避ける必要はないとわかっている。
ただ、手のひらを向けた。それだけでルミールの刀はまた、ぐにゃりと曲がって地面に落ちた。
当然の結果だ。
何故なら万物が、この俺の前でひれ伏すのだから。
俺は、ルミールを鋭い眼光で射貫いた。
「……さて、おいたがすぎるぜ? 女さん」
「くそっ……! フィル! 刀を拾ってそいつを刺し殺せ!」
ルミールは怯えて倒れたままでいたフィルに向かって怒鳴った。フィルは、肩をびくりと震わせて恐怖の表情を浮かべる。
「そ、そんな……!」
「フィール! この俺の言うことを聞かなけりゃ、村の連中もろとも全員、皆殺しにしてやるぞ。お前は俺の奴隷だ。俺の所有物なんだ。だったら、俺の言うことを聞きやがれ!」
ルミールの言葉に、フィルはがたがたと震えだした。長い間、彼女に支配されていた影響なのだろう。ルミールに対する恐怖が、フィルの心を固く縛り付けている。
やがてフィルは、恐る恐る、目の前に落ちた刀を手に取った。
がたがたと震えながら、目からぼろぼろ涙をこぼしながら、ぜいぜいと恐怖で呼吸を荒くしながら……フィルは刀を手に、立ち上がった。
そして――。
「私は、もう負けません。ルミールさんなんか、私のご主人様でもなんでもない。私は私なんだ! 私はあなたと戦う! かかってこいこの馬鹿ぁ!」
ルミールは愕然とした表情を浮かべて、もう、動かなくなった。
俺はフィルの頭を撫でてやる。
「よく言った、フィル。あとは俺に任せろ」
ルミールは絶叫した。
「ちくしょおおおお! この俺こそが支配者だ! このルミール様こそが、一番偉いんだぁああああ!」
「支配するのは俺さ。【男様】こそが、お前の支配者だ!」
――そして、勝負は一瞬のうちに決した。
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