はったり
通りの向こうから、ふんぞり返ったクミの姿が見えてきた。クミは、昨晩と同じ玉座に座っていた。なのにどうして動いているのか? 答えは、その玉座を数人の男たちがロープで必死こいて引っ張っているからだ。彼らはこの町の人たちなのだろう。クミの巨体を、苦悶の表情を浮かべながら懸命に運んでいる。
クミ本人は一歩も歩くことなく、玉座の上で周囲を睥睨していた……。
俺は無意識のうちに呟いた。
「酷すぎるぜ。まるで奴隷のような扱いじゃないか」
俺の言葉に怒りが滲んだのが、店主に伝わったのだろう。店主は俺の膝の上に手をおいて、強い力で抑えつけた。
「ありがとうお客さん。あんたは優しい人だね。でも昨夜みたいに、余計なことはもうしないでくれ」
「こんなの見せられて黙ってろっていうのかよ」
「そうさ。クミ様を怒らせたら大変なことになる。町を守るためには我慢するしかないんだ!」
俺は文句を続けようと、店主の顔を見た。しかし、何も言えなくなる。店主の表情は悲痛に歪んで、今にも泣きだしそうだったからだ。
「あの玉座を引いているうちの一人は私の息子なんだよ」
その一言に、彼の悔しさが全て、凝縮されていた。
確かに、店主の言う通りだ。余計なことをしてクミを怒らせるぐらいなら、我慢をしてあいつの言うことを聞いていた方がいい。その方が、ずっと安全なのだろう。
だが……。
俺にはクミが、そこまでの力を持っているとは思えなかった。
「そこでこそこそ喋っているのは誰だい!」
クミの怒声が轟いた。顔を上げると、玉座からクミが真っすぐに俺を睨みつけている。クミはおやという顔をした。
「お前、昨夜の失礼なガキかい」
店主が無言で俺の手を握った。何もするな、という意味だろう。
だけど……。
「けっ……ガキとは随分な言いぐさだな」
俺はもう、我慢できなかった。立ち上がって、往来に躍り出る。昨夜と同じく、玉座の前に立ちふさがった。
俺はクミに向かって、ありったけの殺意を向けた。
「俺はお前がやってることを許せねぇ」
今の俺には戦う力はない。だが、こうして殺意を向けることはできる。そして俺の見立て通りなら、クミにはそれで充分なはずだった。
案の定、クミは一瞬、怯えた様子を見せた。
だがすぐに、目をむいて大きく怒鳴り始めた。
「お前また! 私に向かってそんな態度をとりやがって! どんなことになるかわかっているのかい」
「やってみろよ」
「はあ?」
「魔法を使って俺を倒してみろ」
俺は真っすぐクミを睨みつけて、そう凄んだ。クミは、歯ぎしりをしながら俺を睨みつけながらも、その瞳の奥には明らかに、恐怖があった。
俺は、クミには大した力はない、と予想していた。これは単なる直感に近いが、経験に裏打ちされた感覚でもある。
俺はエルドで、ベルルの魔法を食らった。あのとき、何が起こったかわからなくとも、例えようのない嫌な感じがしたのだ。自分の生命を自由にされる不快感とでも言おうか。それが、魔法攻撃に感じたものだった。
だがクミにはそれを感じない。昨夜、俺はクミに手のひらを向けられた。あれは確かに、魔法を使って俺を攻撃しようとしていたはずだ。
だが、俺は何の脅威も感じなかった。
クミは魔法を使えない。全てははったりだ! それが俺の見立てだ。
「さあ、魔法を使って俺を攻撃してみろ!」
俺は町の人たちに聞こえるように、声を上げた。
「こ、こいつ……!」
クミは悔しそうな顔をしながら、俺に手のひらを向ける。だがやはり、何の脅威も感じられない。確信した。クミの魔法なんてただのはったりだ。こいつは何もできない!
しかし、そのとき。
恐ろしいほどの殺意が俺の背筋を撫でた。
まるで、巨大なナイフに胸の真ん中を貫かれたような、恐ろしい殺意だった。
「よけろサカタ!」
叫び声。同時に、俺の体は横から来た衝撃にふっとばされた。
その勢いのまま地面に倒れる。どがん! と恐ろしい鈍い音が響いた。
俺は体を起こし、今まで自分が立っていたところに視線をなげる。
そこには、シイナが倒れていた。
何が起こったのかわからない。混乱が俺を襲う。
だが、致命的な攻撃がシイナを襲ったのだということが、わかった。
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