決裂
遠くの夜道で人影が見えた。その背の高い、細身のシルエットは、エリのように見える。だが、はっきりと顔を確認できないまま、その人物は目の届かないところまで進んでしまった。
エリの家に戻ると、鍵が開いていた。ノックをするが返事はない。
「すまん、入るぞ。忘れ物をしちゃって」
そう声をかけながらドアを開く。俺は何故か異様な気配を感じた。警戒しながらゆっくりと、家の中を覗いていった。
そうして、俺は硬直する。
家の中にはフィルがいた。いくらか体調が回復したのだろう、ベッドから起き上がって、着替えをしていた。
タイミングが悪かった。フィルは殆ど裸の状態だったのだ。
びっくりした顔のフィルと、ぱちっと目が合う。
「うおっ……!」
俺は小さく驚きの声を上げて、すぐさま扉を閉めた。心臓がバクバクいってる。悪いもんを見ちまった……。
直後、ばん! と勢いよく扉が開いた。
胸元だけを脱いだ服で隠したフィルが、怒りで顔を真っ赤にして俺を睨んでいた。
「さ・か・た・さ~ん。なんですか? うお! って……まるでお化けでもみたような反応ですねぇ。乙女に対してそれは失礼じゃないですか?」
「いやすまんすまん……びっくりしちゃってな」
俺は平謝りするしかない。フィルの言わんとすることはわかる。心が女の子のフィルは、やはり年頃なのだから自分の体を見られるのは嫌なのだろう。一緒に旅をしていても、フィルは断固として俺の目の前で着替えなかった。
俺は励ますつもりでこう言った。
「大丈夫、大したもん見てないから気にすんな!」
「サカタさああああああああん!」
フィルはどん、と俺を突き飛ばした。俺はその場で尻もちをつき、後ろに立っていたシイナにもたれる。
俺はびっくりしてフィルを見上げた。今まで、どんなにフィルが怒っても、俺に手を出すようなことは一度もなかった。それが今はっきりと、俺に対して攻撃してきた。
「フィル、どうしたんだよ」
呆然とする俺をフィルは見下ろして、怒号した。
「もう私はサカタさんとのパーティを解消します! さようなら!」
ばたん! と勢いよく扉が閉まられた。
のちには静寂が満ちる。耳に痛いほどの余韻だった。
「ふられたようだな」
背後のシイナが、何でもないことのようにぽつりと言った。
「……は?」
俺はわけがわからなくて、呆然とするしかないのだった。
☆
朝。
結局俺とシイナは、夜道を引き返して町の宿に泊まった。
あのあと、扉に向かって何度呼びかけても、フィルは出てこなかった。その様子から、やはりエリは外出しているようだったが……そんなこと、今はどうでもいい。
フィルが俺とのパーティを解消した。
もう俺たちは、仲間ではない、ということだ。
経験したことのない喪失感に、俺は包まれていた。
「はあ……」
宿のベッドの上で寝ころびながら、俺はため息をついた。何もやる気が起きない。一体全体、どうしてフィルを怒らせてしまったのか、ずっと考え続けている。だが答えはでない。
思えばシイナが俺たちにくっついてくるようになってからずっと、フィルは変だった。俺とシイナのキスの件をすごく気にしてたようだし……。
「やっぱりあいつ、やきもち妬いてんのかな」
今のところその可能性が高い。だが、そうだとして俺は、どうすればいい?
フィルは大事な仲間だ。だけど、それ以上の仲になることは、今の俺には考えられない。そもそもフィルは男だし……。
それでもフィルが俺と一緒にいてやきもちを妬いたり、苦しくなってしまうなら……。
「もう一緒にいない方がいいのかもな……」
そのとき、こんこん、とドアがノックされた。返事も待たずにシイナがずかずか入ってくる。
「朝マラを静める手伝いをしてやろう」
「この作品でマラとか絶対に言うんじゃねーよてめー! 必要ないから出ていけ!」
「昨日のことを気にしているんだろう」
シイナは俺の眠るベッドに腰かけた。俺は危険を感じて慌てて体を起こす。だが、シイナにそのつもりはないようで、じっと俺を見つめるだけだった。
その瞳にはどこか俺を労わるような色があった。
「気にすることじゃない。冒険をしていたらたくさんの出会いがあり、別れもあるものだ。私も十代のころはあちこち冒険し、その旅に色々なことがあった」
シイナはどうやら純粋に、俺を励まそうとしてくれているらしい。俺はちょっぴり、シイナを警戒した自分を恥じた。
「うむ……そうだよな」
頷いたところで、今度は慌ただしい足音が階下から駆けあがってきた。
宿の主人が顔を出す。俺たちを見つけるなり、血相を変えて叫んだ。
「お客さんたち! 悪いけど一緒に外にでてくれないかな!」
「な、なんだよどうしたんだ」
「クミ様のお通りだ!」
「は?」
俺たちは半ば強引に、主人に外に連れ出されてしまった。通りでは既に町の人たちが、大名行列に道を譲るように脇に寄って跪いている。
「ほらお客さんたちも一緒に! そろそろクミ様がお通りになるから!」
主人に促されるまま俺たちも彼らに倣って膝をつく。
俺は呆れてため息をついた。
「どうして無関係な俺たちまでこんなことしなきゃいけないんだ」
「悪いね、そういう決まりなんだよ。だから最近じゃ、この町にはお客さんはよりつかなくなってしまったよ。ほら、来たよ!」
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