寂しがり
「どう考えても、あの女に支配されている」
そう口をはさんだのはシイナだ。シイナはテーブルの席にはつかず、この家のドアにもたれかかって腕を組んでいる。どうもさっきから不機嫌みたいで、俺の隣に座ればいいと何度か言っても無視された。全く、先刻までは目をハートマークにして迫ってきていた癖に。女ごころは面倒なもんだ。
エリはマグカップのコーヒーを音もなく啜った。
「その通りだよ。この町は数年前から、町長のクミに支配されている。奴はバンダから来た魔法使いでね。言うことを聞かなければ、町の人間を全員、蛙に変えてやると脅してきた。それから毎晩、町の人たちはクミを満足させるために、祭りを開いているのさ」
エリの話を聞いて、俺は絶句した。
「どうしてそんな横暴が許されているんだ!」
いきり立つ俺に、エリはため息をついて首を横に振った。
「どうもクミはエンナの遠縁らしくてね。自警団はおろか、首都の兵士も手出しできないのだよ」
「なに? エンナの遠縁?」
俺は咄嗟に後ろを振り向いた。エンナの妹、シイナを見る。シイナは俺と目が合うと、ふいっと視線を逸らした。
「シイナ、クミについて何か知らないか?」
俺の真剣な調子に、無視をするのは無理だと判断したのだろう。シイナは小さく舌打ちしてから答えた。
「さっき思い出した。あいつは確かに私たちの遠縁だよ。だが血の繋がりはない。どこかの親戚筋の男に嫁いだやつだったと思う」
「なんだよえらい曖昧だな。自分の親戚を覚えてないのかよ」
「そういうお前は自分と関係のある親戚を全員、覚えているのか?」
そう言われれば、覚えていない。それどころか、会ったこともない親戚だっている。そう考えればシイナの反応は自然なものかもしれない。
シイナは続けた。
「心配せずともやつの性格は予想がつく。バラディ家の金目当てに婚姻関係を作った卑しい豚だ。バラディ家に群がるそんな奴は、腐るほどいる」
「あらそ……」
エリはマグカップを置いた。シイナに視線を送る。
「失礼だが、あなたはどういうお方で?」
「私はエンナの妹のシイナだ」
きっぱりと言い放ったシイナの言葉に、今度はエリが絶句した。
「エルドの城主をされていた、あの……?」
「そうだ。ついこの間、この男に陥落されてしまったがね」
と、シイナは俺を顎で指した。エリの視線が俺に戻る。俺はつい、頭を抱えてしまった。シイナがエンナの妹だって話も相当、ややこしいのに、シイナの城を落としたのが俺だなんて話したら、普通は信じない。質の悪い冗談だと思われるだろう。エリに怪しまれてしまっては、この町での居場所がなくなってしまう。
だが、エリは二、三秒固まったのち、特に取り乱したりはせず、また落ち着いてマグカップを啜った。
「なるほど、色々あるんだね」
「随分冷静な人だな……」
そんなことより。
「シイナの力でこの町をクミの支配から助けてやれないのかよ。お前はエンナの妹だろう?」
エンナの遠縁というだけで、小さな町を完全に支配できるほどの影響力を持つのだ。妹ともなれば、それはもう絶大な権力を持つのだろう。
しかし、俺の浅はかな意見をシイナは一笑した。
「私はもう、エンナという後ろ盾を利用する立場にはない。むしろ、その逆だ」
「どういう意味だ?」
「お尋ね者ということだよ。私はエンナを裏切ってエルドを出たからな。反逆者さ」
「ま、まじかよ」
俺はまた、頭を抱えた。正直、シイナが冒険の仲間に加わってくれたら、頼もしいと思っていた。腐っても権力者なのだから、時としてその恩恵に預かれるだろう、という算段があった。しかし実態は、エンナを裏切った反逆者なのだ。
「ちくしょう、俺の仲間はどうして問題あるやつばっかなんだ!」
「おい、なんか言ったか貴様」
俺たちのやりとりをふいに、エリは遮った。
「余計なお世話はやかないでもらおうか」
決して感情的になっていない。落ち着いた、重みのある言い方だった。エリはマグカップを置いて、俺の目を真っすぐと見つめた。
「クミのことは私たちの問題だ。君たちがどんなに強い実力者であっても、助けてもらう筋合いはない」
「そ、そんなこと言ったって。こんな状態、見て見ぬふりはできないぜ」
「それが余計なお世話だと言っているんだよ」
強い口調だ。しかし、エリは決して怒ってはいなかった。自分の意見をただ真っすぐに、俺に伝えているだけだった。だからこそ彼女の――この町の人たち全員の、決意のようなものが伝わってきた。
「なにか算段があるのか」
訊いたのはシイナだ。エリはゆっくりと首を横に振る。
「いいや、だけど……私には、彼女はただ寂しいだけの人に思えるんだ」
「は? クミが寂しい?」
意外な言葉に、俺はつい、先刻のクミの姿を脳裏に浮かべた。豪華な玉座にふんぞり返ったあの姿。人を見下した尊大な態度。どっからどう見ても、傍若無人、暴虐の王そのものだ。あんなやつが、寂しがっているだって?
疑問符を浮かべる俺に、エリはふふっ、と笑って見せた。
「おかしなことを言っているのは自分でもわかっているよ」
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