奇妙な旅路
シイナの突然の提案に、俺たちは呆然とするしかなかった。ここまでくると、何か裏があるんじゃなかろうかとすら考えてしまう。俺たちを油断させて近づいて、裏切る作戦だったり……。
フィルがまた騒ぎ出しそうになるのを抑えて、俺は口火を切った。
「いや折角だが断らせてもらおう……気持ちだけ受け取りますんで」
「そうか。失敬した」
シイナはあっさりと引き下がった。それでもう、用は済んだとでも言わんばかりに短く「では」と告げると、踵を返して部屋を出た。あっけにとられた俺たちが部屋に残される。まるで台風が過ぎ去ったあとのようだった。
さて。
妙な邪魔が入ったものの、俺たちの新たな旅立ちは予定通り、この日になった。
シイナが去った後、ラールとリルは料理をご馳走してくれた。温かい料理にありつけるのは次、いつになるかわからない。俺とフィルはありがたく、美味を堪能させてもらった。
そして二人に別れを告げたあと――俺たちはエルドを出た。
☆
俺たちが新たに進む方角は、北だ。
城壁の外は、大草原が広がっていた。太陽は丁度、俺たちの頭上。暑くも寒くもない快適な気候。絶好の旅立ち日和だ。
俺は雑踏にあふれたエルドを抜けた解放感で、思わず伸びをした。
「く~っ! この空気最高だ。俺は元いた世界では田舎住まいだったからな。こういう景色が大好物なんだよ」
呑気な俺を、じとっと横目でフィルが睨む。
「そんなことよりサカタさん、さっきの兵士見ましたか?」
俺は一瞬、何を言われているのかわからなかった。ちょっと前の出来事を、ふと思い出す。
「ああ、門の前にいた兵士か」
北に抜ける城壁の門は来た時と同じように兵士が警備していた。しかし、そこで俺は妙なことに気づく。シイナの城は落城し、仲間の兵士たちはみな逃げてしまった。なら、あの兵士は何者だ?
「もう呑気なんだから! さっきいたのは首都の兵士ですよ! 兜のマークがそれでした」
そう言われて俺は頭の中に思い浮かべる。確かにさっきの兵士の兜には、妙なマークが刻印されていた。そうあれは……まるで漢字の『男』という字に似ていた。
当然だが、この世界の文字に漢字は使われていない。ただ、たまたま、似ているだけなのだろうが……。
「首都から兵士が派遣されているということは、シイナの城が陥落した情報がもう回っているってことです。こうして無事に城壁の外に出られたからまだ、私たちのことはバレてないと思いますけど……気を付けないとエンナに追われる身になってしまうかもです」
俺はそれを聞いて、嬉しくなる。
「おっ! それは好都合だな。わざわざこっちから出向かないでも、エンナのやつをぶっ飛ばせるんだからな」
冗談半分の俺の言葉に、フィルはため息をついた。
「私、これから苦労しそう……」
そうして俺はしばらく進んでいった。バンダまでは徒歩で十日ほどかかるということらしい。しかし道中にいくつも小さな町が点在しているので、野宿をする必要は殆どない、とのことだった。
しかし馬車が通りかかるのは期待できないという。
というのも最近、エルドを目指す女冒険者たちが、馬車で傍若無人な振る舞いを繰り返すらしい。そのせいで、馬車の営業は近頃少ないのだ。
「エンナが世界中の男から男ポイントを奪ってから、丁度十六年ですからね。そのとき生まれた女たちが十六歳になる、ということです。十六歳といったらもう、冒険者を目指す年齢ですよ! だから女冒険者の数が増えたのでしょう」
フィルの話に俺は相槌を打つ。
「ふうん。俺たちもエルドへの道中で、妙なのに絡まれたしな。……ところでさ」
俺は、フィルに目配せした。フィルもとっくに気づいているようで、無言で頷く。
俺たちはそーっと、後ろを振り返った。
俺たちの三十メートルほど向こうに、ローブをかぶった背の高い女が歩いている。そいつは明らかに、さっきから俺たちのあとをつけている。
どう見てもそいつは、シイナだった。
フィルが怒鳴った。
「てめえええええ! なについてきてんだストーカーですかこの野郎が! 変態ドレインキス魔めそんなにサカタさんの唇が恋しいか!」
さすがに言われっぱなしで我慢の限界が来たのか、シイナも怒鳴り返してきた。
「貴様ああああ! もうキスのことばっか言うなしつこいぞ! それにお前男だろう! 女の恰好をしてるお前の方が変態だろうがこのボケええええ!」
俺は目を血走らせたフィルをなんとか抑える。
「フィル落ち着けって! おいシイナ! 俺たちに何の用だ、どうしてついてくるんだ」
シイナは歩みを止めず、俺たちに近づいてきながら、平然とこう言い返す。
「ふん、お前たちのあとなどつけていない。たまたま私も、こっちに用があるだけだ」
そう言いながらも、シイナは俺たちに追いつくと、俺たちを追い越したりはせず、そこで立ち止まるのだった。
「……なんで立ち止まってんだ?」
「別に、休憩しているだけだ」
悪びれもせず言うシイナ。興奮しすぎたフィルが今にもシイナに飛びつこうとしている。すごい力だ。
「ふーっ! ふーっ!」
「獰猛犬かお前は。……はあ、まあいいけどよ」
俺はフィルを連れて、また歩き出した。フィルが慌てて俺に物申す。
「ちょっとサカタさん、いいんですか」
「いいよ別に。なんか企んでる訳でもなさそうだし。それよりもお前の方が怖いよ……」
シイナが妙なことを企んでいる、という疑いは消えないものの、ただちに危険があるわけでもなさそうだった。
シイナの考えがわからない以上、相手をしていても時間の無駄だ。俺たちは俺たちのやるべきことをすべきだろう。
フィルはぶつくさ文句を言いつつも、もうシイナに突っかかるのはやめてくれた。フィルも、今は先に進むしかないとわかっているのだろう。
先に行く俺たちを、シイナが遅れてついてくる。
奇妙な旅路が始まった。
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