難しい顔
ローブの奥でシイナは、くすくすと不敵に笑う。
「どうした? 他人でもあるまい。ちょっと様子を見に来ただけじゃないか」
「なんの用だ」
俺は毅然とした態度で言った。内心は正直、めちゃくちゃびびってる。と同時に、油断しきっていた自分を恥じた。姿を消したシイナが、また俺たちの目の前に現れない保証は、どこにもないってのに。
俺の言葉にシイナは何故か、つまらなそうな顔をしてローブを脱いだ。
「今言っただろう、ちょっと様子を見に来ただけだと」
フィルが突然、俺とシイナの間に躍り出た。
「嘘つけこの変態! サカタさんに負けた腹いせをするつもりでしょう! それとも、一度だけでは飽き足らず二度までも、サカタさんの唇を奪うつもりですか? このっ……ど変態めぇえええええ!」
フィルの容赦のない怒号は、部屋の窓ガラスをびりびりと震わせるほどの声量だった。俺はそっと、ぜいぜいと上下するフィルの肩に手を置く。
「お、おい……興奮しすぎだって」
「き……貴様に変態呼ばわりされる筋合いはない。それにその男と唇を重ねたのは【ドレイン】の力が弱まっていたせいで、仕方なくやっただけだ」
シイナはひきっつた顔で、どうにか怒りを堪えている様子だ。その様子を見て俺は、おやと思う。
どうやらシイナは本当に、俺たちと喧嘩をしにきたわけではないらしい。もしもそのつもりなら、今のフィルの怒声でぷっちんと切れて、今頃俺たちをぎたぎたに痛めつけているだろう。
変態呼ばわりされてもなお、シイナは怒りを抑えて、俺たちと交流しようとしている。
「仕方なくとか嘘つくなぁあああ! 仕方なくサカタさんとキスできるなら、私だって仕方なくサカタさんと色んなことしたいんですうううう!」
「ねえもう本当にうるさいから!」
暴れるフィルを、俺がなんとか取り押さえる。そんな俺たちのやりとりに、シイナは深くため息をついた。
それから、俺たちの隣にいたリルに視線を投げる。
リルは、シイナの鋭い視線に少し怯えたようにあとじさった。だが、すぐ負けじと前に出て、シイナと対峙した。
「なによ。またお父さんを連れ去るつもり? やれるもんならやってみなさい。今度こそあんたのこと、ただじゃおかないから」
シイナは至って冷静に、首を横に振った。
「いや……そうじゃない。謝りたいんだ」
「え?」
「すまない」
驚くべきことがおこった。あのシイナが、リルに向かって頭を下げている。
あまりにも予想外な出来事に、俺たちはなんの反応もできずに、固まってしまった。
やがて、頭を上げたシイナは、恥ずかしそうやら、つまらなそうやら、複雑な顔をしていた。
「許されるつもりはないがね」
単純なもので、シイナが頭をさげたという、たったそれだけのことで、もう俺は、シイナを警戒するのをやめていた。それは、隣にいるリルも同じらしかった。
シイナの態度には、俺たちを騙すような雰囲気は感じられない。心の底から、自らの行いを反省しているのか? それはわからない。だが少なくとも、嘘をついているとは思えなかった。
リルは何も言わなかった。それは謝罪への拒否ではなかった。リルはバツの悪そうな表情を浮かべつつも、もうシイナを責めようとはしていない。それこそが、リルなりの返事なのだろう。
そしてこの空気をぶち壊すのがフィルである。
「騙されないでくださいサカタさん! この女はこうやって反省したふりをしてサカタさんに近づこうとしているだけですから! この変態ドレイン女! お前の魂胆は見え見えですよこのドレイン野郎が!」
「ねえ! 同じ仲間として恥ずかしい!」
俺は、シイナに殴りかかろうとするフィルを抑えるので、精一杯だった。
よっぽどフィルはシイナが気に食わないらしい。どうもキスの件を引きずりすぎている気もするし。
俺はフィルを抑えながらシイナに訊いた。
「なあ、よかったら教えてくれないか。別に責めてるわけじゃない。ただ純粋な質問だ。一体、どういう心変わりなんだ? お前はもっと、悪い奴だと思ってたんだが」
俺の問いに、シイナはふん、と鼻を鳴らした。それは俺を馬鹿にしたと言うよりは、自嘲に近いと聞案じた。
「私にもよくわからない。だが……お前に殺されかけて、――同時に、お前に助けられて……なんだか考え方が変わった」
「どういう風に変わったんだ」
「それを答えるつもりはないよ」
と、シイナは笑った。俺はぎょっとする。そのシイナの笑顔は、今までのような、いかにも悪者っぽい不気味な笑みではない。ただ純粋な好意が感じられる笑顔だった。
「お前たち、これからどうするつもりだ」
今度はシイナが俺に尋ねた。
「この街を出て、次はバンダってところに向かおうと思ってる」
「魔法使いの都か。何故?」
「何故もなにも、お前の【ドレイン】のおかげで、俺の男ステータスが停止しちまったから、それを解除できる魔法使いをさがしにいくんだよ」
と、口をはさんだのがリルである。
「シイナ、あなたのスキルでサカタの停止した男ステータスを復活させられないの? 封印したのなら、解除もできるのでは?」
しかし、シイナはゆっくりと首を横に振った。
「残念ながらそれはできない。私のスキルにできることは、奪うことだけだ。だが、一つ提案がある」
「おう、なんだ。言ってくれ」
「サカタのスキルが復活するまで、お前たちの旅に付き合おう。下手な護衛を雇うより、役に立つはずだ」
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