勇気
フィルは小首をかしげてみせた。
「どうして男ポイントを知らないんですか? 水や土、火を知らないと言われているような気分です。それにサカタさん、私たちとは少し違う、変わった服を着ている」
俺はコンビニに行く途中でトラックに轢かれてしまったので、ジャージ姿のままだった。
「信じてくれないかもしれないが、実は俺は……」
そうして俺はこの世界からは別の世界からやってきたことをフィルに説明した。
最初、フィルは俺の荒唐無稽な話に妙な顔をしていたが、真剣に話し続けたことで、俺の話を信じてくれたのだった。
「サカタさんの言うことなら私、信じられます。そうかそれで、何も知らないんですね」
「ああ。まず男ポイントってやつを教えてくれ」
「簡単ですよ。つまりその人の強さのレベルです。レベルが高いほど強く、低いほど弱い。私の男ポイントは0なので、1のサカタさんには敵いませんね。一概に、レベルだけで勝敗は決まらないようですが……私は戦ったことがないのでよくわかりません」
それと、俺には一番気になっていることがあった。
「どうして女が盗賊をやっているんだ? 普通、こういう役回りはごつくて毛むくじゃらのおっさん集団と相場が決まってるはずだが」
「それを説明するにはまず、この世界の現状をお話ししなければなりません」
フィルは暗い面持ちで語りだした。
「この世界の男たちは全員……男ポイントをエンナに奪われてしまったんです」
「誰だいそいつは」
「この国の最強の騎士団長です。いや……でした、というべきでしょう。それは私が生まれる、丁度一年前のことです。エンナは突如として王を裏切って、この国の首都を陥落したのです」
いきなりのスケールの大きな話に俺は戸惑ってしまう。なんだか俺が想像していたような、お気楽なファンタジーの世界ではなさそうだ。首都陥落と聞いて、頭の中に血なまぐさいイメージが広がった。
「彼女は魔法使いと組んで、強力な魔法を使い……世界中の男から男ポイントを奪いました。そして男の人たちはみんな、魂を抜かれたみたいになってしまったんです」
「そして……女たちが男を支配し始めた」
俺の言葉にフィルは何も言わず、こくりと頷いた。
「エンナは今、この世界の絶対的な権力者として頂点に君臨しています。誰も、彼女に逆らうことはできません」
俺はフィルの話をにわかには信じられなかった。いくら魔法やなんだといったって、世界中の男たちを弱体化させるようなことが、本当にできるのか?
それに、エンナだ。彼女はこんな騒ぎを起こす前、女性ながら最強の騎士団長として誉れ高い立場にあったはずだ。その人生に、どのような欠乏があって、世界征服など起こしたのだろう。
「いけない、洗濯物の続きをしないと」
慌てた様子でフィルはまた、小川に向かって下着を洗い始めた。
俺はその背に声をかける。
「フィル、君はあいつらから逃げようとは思わないのか」
フィルは少し黙ってから、ゆっくりと首を横にふった。
「ルミールたちは村のお金を全部、奪ってしまいました。私は早くに両親が亡くなって、天涯孤独だったから、こつこつ貯めてたお金があったんですけど、それも全部。だから私、どこにも行けません」
俺は、語りながらフィルの背中がどんどん、小さくなっていくように感じた。そんな彼女を呼び止めたくって、つい語気が荒くなる。
「簡単に諦めるなよ! 金がなんだってんだ、そんなもの無くったって、どこにでもいけるだろ。……今の俺みたいに!」
単なる無一文なだけだが、ものは言いようだ。
フィルは洗濯を続けながらまたくすくす笑ってくれる。
「サカタさんは優しいですね。サカタさんとパーティーを組んで、冒険をしてみたら楽しそう。私本当は、そのお金で大きな街に行って、冒険者になりたかったんです」
俺は鉄格子を強く掴んだ。
「なんで全部過去形なんだよ。今からだってできるだろ。よしわかった、じゃあフィル、俺と一緒にパーティーを組もう。こんなところ逃げ出して、一緒に冒険をしよう!」
「……できるでしょうか」
フィルは消え入りそうな小声で呟いた。下着を洗う手が、止まっている。痩せた背中は小さく震えていた。
フィルは今まで抑えつけていた感情を吐露するかのように、言葉をつづけた。
「こんな私でも、サカタさんと一緒に、冒険できるでしょうか」
俺は胸を叩いて力強く答えた。
「できるさ。俺がついてる」
そのとき、俺たちの背後から乱暴な足音が近づいてきた。
危険を感じた俺はとっさに振り向く。そこには、昨晩俺を襲おうとした連中がいた。全員、怒りを隠そうともしない形相で、俺とフィルを睨みつけている。
「おう、どうしてくれる。お前らのせいでイライラして、昨日はよく眠れなかったんだぜ!」
「ムラムラの間違いじゃない?」
「うるせぇ! 弱虫フィル、どう落とし前をつけてくれるんだ」
「もうさ、フィルでいいだろ。ルミールが起きてくる前に、軽くつまんじまおうぜ」
その言葉に女盗賊どもは、下卑た笑みを浮かべて頷きあった。檻を回り込んで、フィルを取り囲む。
嫌な予感がした。
「おいやめろ! その子に何をするつもりだ」
「お前は黙ってろ! ちょっとしたお楽しみさ」
一人がフィルの手を乱暴につかんで引っ張る。間髪入れずにもう一人が、フィルの服を掴んで、無理やり捲し上げた。
白い素肌があらわになる。
「あうっ!」
「へへっ。趣味じゃねぇが、たまにはこんなのも悪くねぇ」
俺は鉄格子を揺らした。
「やめろって言ってるだろこの獣どもめ! その子に手を出したら容赦しないぞ」
「そんな檻の中でどうしようってんだ? 大人しくそこで吠え面かいてろ! それにな、この弱虫は俺たちの奴隷だ。奴隷をどう扱おうが、ご主人様の勝手なんだよ!」
「く、くそっ……!」
目の前でフィルが襲われている。
しかし俺を閉じ込める檻は絶望的なまでに、頑強だった。こんな鉄の塊、どう頑張ったって、どうしようもない。
……俺は、何もできない。
俺がフィルにかけた言葉は、嘘だったって言うのか。俺はただ、フィルに見せかけの希望を与えるだけの、安い言葉をかけただけだっていうのか。
脳裏によぎる。部屋に引きこもって、ただだらだらと無為な時間を過ごしていた、今までの日々。
俺はどうしようもない人間だった。本当に、最低の人間だったけど。
目の前の人を助けられないほど、落ちぶれちゃいねぇはずだ!
――それは、一瞬のことだった。
体の中心になにか、力強い感覚が起こった。それは光のエネルギーが圧縮されて一瞬で爆散したような……異様な感覚だった。
気づけば目の前で、不思議なことが起きていた。
鉄格子がぐりゃりと曲がり、丁度俺が一人、通れるぐらいの隙間が開いていた。
そして、女盗賊どもは一人残らず地面にひれ伏して、俺に頭を垂れている。誰も、ぴくりとも動かない。よく見れば体が震えている。まるで、絶対的な存在と対峙し、とてつもない恐怖を目の当たりにしたかのようだ。
「こ、これは一体……」
「サカタさん!」
フィルが俺に駆け寄ってくる。よほど怖かったのだろう、俺の腕の中に飛び込むように抱き着いてくる。俺はそんなフィルを力強く抱きしめた。
――スキル【男様】発動、ってとこだな。
頭の中で声がした。邪悪な、しかし力強い声だ。誰だ? この力と何か、関係があるのか。
俺に一体、何が起こっている?
突然、簡易テントが一つ、大きく上空に吹き飛んだ。
中からルミールが出てくる。
ルミールは昨晩の酔っぱらって気の抜けた顔とは違う、戦士の表情で俺とフィルに鋭い眼光を向けている。
その両手には、触れただけで致命傷になりそうな、ぎらぎらとした凶悪な刀が構えられていた。
「お前ら、ちょっとおいたがすぎるぜ」
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