代償
☆
なんとも穏やかな天気だった。
俺はベッドの上で窓の外の景色を眺めながら、ゆったりとした時間を過ごしている。
シイナとの戦いから三日たった。あの日以来、エルドは火が消えたようになっている。城主であるシイナが姿を消してしまったからだ。
善良だった領主の失踪に、街の人たちは今も、悲しみに暮れている。しかし、いい面もある。エルドにやってくる男たちが、ますます増えたのだ。この失踪事件はエルドを飛び出て、あちこちに轟いたらしい。かえって、シイナの男女平等という政策が、方々に広がる結果になったのだ。
シイナの本当の目的は、【ドレイン】というスキルで男ポイントを奪うことだった。だが今、シイナの残した政策は、世の中の虐げられてきた男を救っている。
このエルドという街はこれからもきっと、良い方向に向かっていくだろう。
「――しっ! しっ! しぃっ!」
ものをぶっ叩く、物騒な音が、窓の外から響いてくる。裏庭からだ。
ここはラールとリルから間借りさせてもらっている、レストランの二階だ。俺はその寝室で、戦いで傷ついた体を癒している最中だった。そして窓から見える美しいエルドの街並みは、俺が元いた世界にはない、格別なものだった。
だというのに……。
俺は窓から身を乗り出して、フィルに向かって怒鳴った。
「うるせーよいい加減にしろ毎日毎日! おい! その木に縛り付けてる人形は俺ってことか! 俺をぶっ叩いてるってことかこのバカヤロー!」
フィルは連日連夜、俺の休養を邪魔するかのように、裏庭でトレーニングに励んでいた。
木に綿を詰めた人形を縛り付けて、それを拳や蹴りで殴打を続けるのだ。さすが、身体強化のスキルの使い手だけあって、もともとの運動能力も高いらしい。プロの格闘家顔負けの動きで、稲妻みたいなパンチを繰り出し、人形の腹部を抉っている。
その人形の顔には、へたくそな似顔絵が描かれていた。それはどう見ても、俺なのだ。
フィルは、窓の下から鋭い目つきで俺を睨み返した。
「私がどんな特訓をしようがサカタさんには関係ないでしょう。邪魔をするなら、この人形の代わりに木に縛り付けてさしあげましょうか?」
「ひっ……!」
俺はもう、何も言えなくなって、シーツの中に急いで隠れた。なんて恐ろしい目だ……。
フィルが何故、俺にこんな嫌がらせをするのか、さっぱりわからない。
そういえば三日前、俺がシイナに男ポイントを奪われた経緯を話してから、フィルは不機嫌になったような……。
そのとき俺は、シイナとキスをしたこともきっちり、話した。
「まさか、やきもち妬いてんのかあいつ」
そのとき。
コンコン。ドアがノックされた。返事を待たず、リルが部屋に入ってくる。
俺は少し慌てた。
「お、お前なぁ、健全な男子の部屋に入るときは、ノックしてからもっとたっぷり間をとらないと……」
「へ? よくわからないけど、私の話から聞いてよ」
リルは、俺のベッドの上に腰かけるなり、横に分厚い本をどん、と置いた。
その本をペラペラとめくっていく。
「いろいろ調べてみたけど、スキル【ドレイン】は、バラディ家に伝わる固有スキルのようね」
「バラディ家?」
「この世界の支配者の名よ。エンナ・バラディ。妹の名はシイナ・バラディ。このスキルは普通のスキルとは違って、遺伝的に獲得するものらしいわ。あなたの【男様】と少し似てるかな?」
リルは次々、本をめくっていく。どうやらその速度でちゃんと、読めているらしい。俺には難しい内容はさっぱりだった。
リルの指はやがて、とあるページで止まった。そのページを見て、俺はぎょっとする。
恐ろしい挿絵が描かれているのだ。巨大な女のような怪物が、人々を鷲掴みにして、丸呑みしている……。それは恐らく比喩表現としての絵なのだろうが、何を伝えようとしているのかはすぐにわかった。
「この【ドレイン】によって男ポイントを完全に奪われた場合……その者の男ステータスは停止する。つまり、二度と男ポイントが増えなくなる、ってことよ」
リルは、真剣な眼差しで俺にそう言った。その目の下にはくまがある。どうやらリルは、どうにか俺を救う方法がないかと、この連日色々と調べ物をしてくれていたようだ。
男ポイントがもう二度と増えなくなる。それはこの世界で、圧倒的に不利な人生を歩む、ということを意味する。かつて、エンナは世界中の男たちの男ポイントを奪った。そのときの彼らは、今も廃人同様の、抜け殻のような日々を送っている。
今のところ、俺にはなんの変化もない。だが、今後そうならない保証はなにもない。
「ありがとうな、リル。色々調べてくれて。俺は大丈夫だ」
俺はリルに笑顔を見せた。心配しないでくれ、と伝えたかった。だがそれはかえって、なんの成果も得られなかったという現実を、リルに突き付けたらしかった。
リルは急に顔を伏せて、泣きそうな声で言った。
「ごめん、私のせいで……」
「馬鹿、お前のせいなわけあるかよ」
そのとき、部屋のドアが勢いよく開いた。裏庭でトレーニングをしていたはずのフィルが、飛び込んできたのだ。
「ぶえええ! サカタさーん!」
フィルは勢いよく俺に抱き着くと、そのままおいおいと泣いた。さっきとは正反対の態度だ。
俺は動揺しながらもフィルの頭に手を置いた。
「おいおい、お前さっきまで俺に怒ってたんじゃないのか」
「それはぁ! サカタさんがかってにシイナに男ポイントを渡したのが許せなかったんですよ! そんなことをしたら、どれだけ大変なことになるか、わかるじゃないですかぁ」
なるほどフィルは、俺にやきもちを妬いていたわけではなかった。俺が独断で、危険な決断をしたことがフィルは許せなかったのだ。
「ごめんな、あのときの俺にはその選択肢しかなかったんだ」
「あの変態女……許せません」
「いや別にキスをしたのはスキルを使うためで変態な訳じゃないと思うぞ?」
その後、部屋の中は随分、湿っぽい空気になってしまった。
俺は、リルとフィルがめそめそしているのを慰めたくて、明るく言ってみた。
「大丈夫だって! 俺には超強力なスキル、【男様】があるんだぜ。ほら、見てみろよ。”窓よ閉まれ”」
俺は窓に向かって手を向けて言った。
俺の頭の中のイメージでは、窓はぴしゃん! と気持ちい音を立てて即座に閉まった。
しかし現実は……。
窓は、ゆ~~~~~~~~っくり、ちょっと動いて、結局、閉まらなかった。それは、風で揺れたぐらいの動きだった。
「あ、あれ?」
リルは、言いづらそうに俺に告げる。
「あのねサカタ……男ポイントが0以下になった人は、スキルを使いこなせなくなるのよ」
……まじか。
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