誰の意思
そこから俺の記憶は曖昧になった。それは血に酩酊したとしか言えないような状態だ。つまり俺は、残虐を楽しんだのだ。
思う存分、シイナを痛めつけた。奴にはとっくに、戦う意思はなかった。それどころか俺から必死に逃れようとしていた。
獅子が兎を遊び半分で狩るような、とても戦いとはいえないような光景が続き……。
瓦礫の山の上で俺は、はっと意識を取り戻した。
俺はシイナの首を片手で締め上げて、今まさに、彼女にとどめを刺そうとしている瞬間だった。
シイナは血にまみれている。意識があるのかないのか、朦朧とした状態で、うわごとの様にこう繰り返している。
「約束する……私の全てをお前にやる。だからこれ以上は……」
「なっ……」
俺の血の気が失せて、すぐシイナの首を絞める手を離した。シイナはどしゃりと瓦礫の上に倒れて、そのまま意識を失った。
「し、シイナ!」
俺は慌ててぐったりとした彼女の体を支えた。全身が傷だらけだ……。今にも止まってしまいそうなほど、呼吸が浅い。
「ま、まずい、誰か……」
慌てて周囲を見渡す。だが周囲に人の気配は一切なかった。ただ城が倒壊して、瓦礫が広がっている。兵士たちはみな、城主を見捨てて逃げたのだ。
当然、先に逃げたフィルとリル、ラールたちの姿もここにはない。
瞬間、どうしようもない寂寥感に襲われる。
俺の胸の中に強い後悔が広がった。
ここまでシイナを痛めつけるつもりはなかった。ただ俺は純粋に、ラールを助けたかった。仲間を助けたかった! だから、強大な敵であるシイナを、ぶっ飛ばしたいと思った。
だが、勝負はあっけなくついた。シイナは簡単に降参したのだ。
そのとき、俺の中に抗いようのない嗜虐的な嗜好が生まれた。
もっと戦いたい。まだ勝ちたい。
俺は強いんだ。こいつを支配してやりたい……。
そうして気づけば、シイナを瀕死にまで追い詰めていた。
俺はシイナの体を支えながら、どうしようもできない無力な自分に気づいた。
「シイナ! 駄目だ、死なないでくれ」
シイナは目を開けず、口の端だけを持ち上げて、かすかに笑った。
「二重人格のスキルか……? ますます不思議なやつだ」
「無理にしゃべらなくていい。今助けを呼んでくる。そうだ……”死ぬな”!」
この【男様】というスキルなら、シイナを救うことができるかもしれない。しかし俺の浅はかな思い付きは失敗に終わった。なにも発動しないのだ。
――他人の生命を操るなんて、そんなことできるわけがないだろう。
頭の中であざ笑うような声。その声を聞いた瞬間、俺は怒りに染まった。
「貴様……俺に何をしやがった!」
そう訊いた瞬間、間があいた。かと思えば次には、声の主はゲラゲラと大声で笑うのだった。
――何もしてねぇよ! 俺はお前にスキルを授けただけだ。それを、お前がお前の意思で、自由に使ってるんだよ。
「そんな馬鹿な。じゃあシイナをここまで痛めつけたのは……俺の意思ってことか」
――その通り。力を使うのは楽しかっただろう?
そう言われて、俺の頭の中に先刻までの、恍惚とした時間が蘇った。
そうだ確かに、俺は楽しかった。あれほど恐ろしかったシイナが、この俺に手も足も出ない。
俺を恐怖の表情で見上げる、シイナの姿……それをもっと見たい、と思った。
「俺が……俺が……」
もう、頭の中の声は聞こえてこなかった。シイナの呼吸はどんどん、浅く、弱くなっていく。
俺はただ、腕の中でシイナが冷たくなっていくのを見ていることしかできなかった。
死を予感した途端、経験したことのない恐怖が、俺の体を縛り付ける。
今すぐ走って助けを呼べ! いやそんなことをしなくても、スキルを使えば簡単に、医者のところにシイナをつれていけるだろう。しかし……今の俺は恐怖に支配されている。【男様】はもう使えそうにない。
今の俺には何もできないのだ。
破壊以外のことは、なにも……。
「ふふ……」
突然、腕の中でシイナが笑った。閉じていたはずの目が開き、朦朧としていても、しっかりと俺を見つめている。
「本当に不思議なやつだ……お前は私を……殺したかったんだろう? なのにどうして……悲しそうな顔をしている」
俺はつい、必死になって喋った。弱く、無様な言い訳を。
「殺したくなんかない! 俺は……俺は未熟で、このスキルを使いこなせていなかったんだ……だからお前を殺そうだなんて……」
「ふん……その未熟なやつにここまでされるとはな。――聞け、サカタ。私を助けたいか?」
シイナは苦痛に顔を歪めながら、どうにか体を起こした。俺はシイナの言っている意味がよく理解できないまま、しかし何度も強く頷いた。
「あ、ああ。助けたい」
「なら、お前の男ポイントをよこせ。それで私の体はいくらか回復する。死を免れるだろう……。この戦闘でお前の男ポイントは7まであがっている。それを全て、よこせ」
俺は躊躇なく頷いた。
「わかった、全部やる」
驚いたのはシイナの方だった。ぽかんとして、目を丸くする。そうしてまた、かすかに笑った。
「わかっているのか? 男ポイントが0以下になる、ということだぞ。つまりステータスはもう二度と、増えなくなる。それでいいのか」
「それでいい。それでお前が助かるなら」
「――ふん、馬鹿な奴だ」
突然、シイナは血を吐いてせき込んだ。俺は慌ててその体を支える。
「早くやれシイナ!」
「ぐ……あ、ああ。サカタ、顔を近づけろ」
「ああ?」
「早く……」
言われるがまま俺は、シイナに顔を近づけた。
シイナは俺の頭の後ろに、弱弱しい力で手を回し、そのまま……。
唇と唇を重ねたのだった。
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