残酷の王
☆
夜のエルドの街。
リルはラールを支えながら必死に城門を目指し駆けていた。ラールに怪我はないが、地下牢に閉じ込められて消耗したのだろう、衰弱している。その足取りはおぼつかない。リルは、弱った父親が転んだりしないよう、渾身の力で彼の体を支え走った。
「すまない、リル……。情けない父親だ」
リルの頭の上で、ラールはか細い声で唸った。上目遣いで窺った彼の表情は、心の底から悔しがっているのがわかった。
「大丈夫。落ち着いて前に進もう。必ず逃げられるから」
「そうじゃない。お前に酷いことを言ってしまった」
リルの頬に温かいしずくがふった。それは父の目からこぼれた涙だった。
リルは、自分も泣き出してしまいそうになるのをぐっとこらえた。
「お父さん、私はあなたの娘なのよ? あんなの、私たちを守るための嘘だってわかってる! お願いだからそれ以上、謝らないで」
リルはラールを抱えながら、ますます強く地面を蹴った。早く城門へ!
リルはほんの数分前に起きた、奇跡のような出来事を思い出す。
あのとき、リルはサカタはもう助からないと思った。何故なら心臓の重大な血管が破れていたからだ。ああなってはもう、どんな名医にも救命する術はない。
しかしその後……信じられないことが起こった。
サカタはスキルを使って、完全に蘇生したのだ。破れたはずの心臓は、リルの目の前で瞬く間に治癒していき、胸の傷もふさがった。
リルはその光景を思い出しながら、ごくりと緊張で唾を下した。サカタが生き返った。喜ばしいことのはずなのに、今、リルは……恐怖に襲われていた。
目の前で見たあの現象は、奇跡……そんな言葉で片づけられるような、生易しいものではない。
この世の法則を完全に無視した、都合のいい現実改変だ……。
リルはひとりでに呟く。
「スキル? 違うあれは、まるで魔術だ……」
サカタが復活した後、ラールを助け出すなんてあまりにも容易いことだった。ラールが閉じ込められているであろう地下牢の場所は、事前に大体の目星がついていた。サカタは、リルから地下牢の場所を聞くと、城の外からそこに向かって真っすぐ、歩き始めた。すると城を構成する石壁たちは、サカタを避けてぐにゃりと曲がっていき、穴が空いたのだ。
サカタはその穴の中に姿を消した。間もなく、入れ替わるようにラールが出てきたのだった。
シイナにたてついた以上、もうこのエルドにはいられない。
追手に追いつかれる前に、早く城門の外へ出なければ。
やがて、城壁が見えてきた。
「こっちです!」
夜の閑静な街の中。その向こうで、フィルの声が届いた。リルは心から安堵して、その声に向かって急いだ。
フィルは城門の前にいた。既に、数人の兵士が地面に倒れている。フィルは先回りして、リルたちの逃走ルートを確保してくれていたのだ。
「良かった、ラールさんも無事ですね」
「うん、あとはサカタが戻ってくるのを待とう」
城門は既に開かれている。馬も二頭、そばにひかえている。兵士たちのものを奪ったのだろう。逃亡のおぜん立ては完璧に整っていた。
あとは、サカタが戻ってくるのを待つだけだ。
しかし……。
リルはどうしようもない胸騒ぎに襲われていた。
その不安が顔色に出たのだろう。フィルはリルの背中に手を回して、いたわる様にさすってくれた。
「大丈夫、サカタさんは必ずシイナに勝ちますよ。あんなにすごいスキルを持っているんだから」
「うん、そうね。でも……私が心配しているのは、サカタが負けることじゃなくって」
「え?」
リルは、フィルの顔をじっと見上げた。
「うまく言えないけど、あの【男様】っていうスキルは、良くない気がするの。すごく邪悪なものを感じる……私の気のせいかもしれないけどさ」
リルは、今しがた自分たちが逃げてきた道に、視線を投げた。闇夜に飲み込まれたエルドの市街地。
その闇からは、サカタも、シイナもあらわれない。
ただ悪魔が一匹、ゆっくりと姿をあらわす……。
そんな恐怖を覚えるのだった。
☆
「ぎゃはははははははああああ!」
俺は全身を震わせるように哄笑した。
身をのけ反らせて、夜空にこの俺の笑い声を轟かせる。まるで敵しらずの獣が咆哮するかのように。
俺とシイナの拳が交わった次の瞬間、とてつもない衝撃が発生した。それは言ってしまえば爆発そのものだった。
地下牢は吹き飛び、天井は崩れた。その崩落は連鎖となって広がり、瞬く間に城は半壊した。
崩落する瓦礫に飲み込まれそうになった俺は、それらを吹き飛ばし、瓦礫の上に立った。
そうして俺は、全能感に支配されていた。こんなにも気分がいいことなんて、今までの人生で生まれて初めてだった。
この絶大な力を、自由自在に扱える。俺は誰にも負けない。本気でそう思うのだ。
「ぐ……化け物め」
瓦礫の下から、シイナが這い出てきた。シイナはもう、立っているのもやっとの様子で、満身創痍の状態だった。俺と激突させた右の拳を中心に、酷く負傷している。
朦朧とした表情で俺を睨むシイナの目には、恐怖がうつっていた。
俺は背筋がぞくりとするような快感に襲われる。
「ぎゃはははは! いいねぇその表情! 最高の気分だぜ!」
「……参った、私の負けだ。もうお前らには関わらない。必要なら金も渡してやる。だからもう、やめにしよう」
シイナは言って、両手を上にあげた。服従を示すためか、そのまま瓦礫に膝をつく。誰がどう見ても、降参のポーズだ。
だが俺はもう、自分を止められなかった。
自分の意思に反して、口の端が吊り上がっていく。
「何言ってんだよ、まだやろうぜ」
シイナは愕然とした表情で目を丸くした。
「……は? なんだと?」
「まだ戦おうぜって言ってるんだ。お前さ、すげー強いんだろう? じゃあまだまだ、戦えるよな」
今の俺にはもう、自分の中の戦いたいという欲求が抑えられない。
引きこもり時代、これとよく似た状況になったことがある。勝ちゲーでドーパミンが止まらなくなったのだ。勝つのが楽しくて、相手を蹂躙するのが楽しくて、俺は何時間も、ゲームをやめられなかった。
今の俺はそれと同じだ。
シイナが首をふるふると横にふる。
「いや……もう無理だ。出血が止まらない。これ以上の戦闘はもう……」
「知らねぇよ。喋れてんじゃねえかベラベラベラベラ。その元気があるなら、まだ戦えるだろう?」
俺はシイナに向かって歩き出した。
「――だからさ、やろうや」
絶望した表情のシイナが、俺を見上げる……。
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