勇気
☆
気づけば俺はまた、暗闇の中にいた。あのとき見た夢の景色と同じ場所だ。
何もない真っ暗闇に、俺は佇んでいる。
体に目を落とす。またも服を身に着けていない。胸は無傷だ。シイナにつけられたはずの致命傷は綺麗に、消え失せている。だがそれは治癒したわけではないだろう。
つまりこの体は実際の俺の肉体ではない、ということだ。多分、霊体という存在に近いもの。
だからここは、死後の世界ということになる。
「……けっ、俺のような善人は間違いなく、天国行きだと思ってたんだがな」
一人ぼやく俺。
またどこからか、あの声が響いた。
――安心しろ。まだお前は死んだわけじゃない。ここはお前の精神世界だ。だが……殆ど死んでいるようなものだがな。
俺は鼻で笑った。自嘲だ。
「ふん、それは死んでる、ってことだろうが」
俺は何となく、やつがまた現れてくれるのがわかっていた。
今一度状況を整理する。
俺は死んだ。
頭の中でその言葉を反芻してみる。だが何故かそれほど、動揺しない。
この不思議な感覚はなんだろう?
俺はシイナの一撃を食らって、倒れた。そのとき、俺は激しい恐怖に襲われていた。それは間違いない。
だが意識を失った瞬間、俺は不思議と居心地の良さを感じていた。
あの感覚は……そう、眠りにつく感覚に近い。
これで休める。
あの瞬間、俺はそう思ったのだ。
声の主は慌てたように否定した。
――違う違う。まだ生きてる。これから死ぬってことだ。
「違いがわからん」
――なあお前、最後にチャンスをやろうか?
予想外の言葉に、俺は少し驚く。
「へえ、コンテニューチャンス……ってやつかい?」
――まあそうだ。俺はこれでも、お前のことが気に入ってるんだ。久しぶりに骨のある男野郎だったからな。だから、ここでお前に死んでもらいたくない。
「そんなに買ってくれてたなんて、照れるね。俺の方こそ、死なないで済むならそれがいい。どうすればいい?」
――簡単だ。恐怖を受け入れろ。そしてスキル【男様】を発動させろ。それだけだ。
あっけらかんという声の主に、俺はあきれた。
「おいおい恐怖を受け入れろって、簡単に言ってくれるな。それができたら俺はそもそもこんなとこにいないだろう」
――さっきまでのお前にはな。だが今お前はもう、疑似的な死を経験した。そのとき、どう思った?
「……これで休める。そう思った」
声の主はくつくつと笑った。
――そうそう。死なんてそんなもんだ。わからないから死ぬのが怖いんだ。だがわかっちまったら、その程度のことなんだ。だからもう、お前は恐怖に支配されることはない。だが間違えるな。恐怖を拒絶するんじゃない。受け入れるんだ! それこそが、勇気だ。
「恐怖を受け入れる……」
俺はそう呟き、そっと目を閉じた。胸に手を当てて、あのときの痛みを思う。
シイナの一撃。あれはすごく、痛かった。もう二度とこんな激痛は経験したくない、そう思ったから、シイナが怖くなった。
怖くて怖くて、堪らなかった……。
でも、この恐怖を拒絶するのではなく、受け入れることができたのなら、それは勇気に変わる。
シイナは怖い。めちゃくちゃ怖い。絶対にもう、攻撃されたくない。
本気でそう思うのだ。
だけど、それと同時に俺は……。
「あの女を、ぶっ飛ばしてやりてぇ……!」
そうだ、それこそが男様だ。
声の主は、嬉しそうにそう言った。
☆
誰かの呼ぶ声で俺は目を覚ました。
「サカタさん!」
はっとする。目の前に、泣き顔のフィルがいる。仰向けに倒れた俺を覗き込んでいた。
胸元にはリルがいて、俺の怪我を手当してくれていた。
二人は殆ど同時に、俺が意識を取り戻したことに気づいた。
「サカタさんよかった!」
俺に抱き着こうとするフィルと、それを制止するリル。
「動かしちゃ駄目! 出血が止まらないの」
「お前ら……」
俺の全身は氷のように冷たくなっている。動きたくとも、こんな状態では動けそうにない。恐らく鏡を見たら、幽鬼のような青白い顔をした俺がいるだろう。引きこもり生活のせいでただでさえ色白だってのに、これ以上血の気を失ったらたまったもんじゃない。
「サカタ、大丈夫よ。あんたのことは絶対に私が助ける。だって私……まだあんたにちゃんとお礼を言えてないんだから」
リルは大粒の涙を流しながら、必死で俺の傷の止血を続けている。
俺は状況も忘れて、くすりと笑った。
「馬鹿野郎、お礼なんか、親父さんを助けたあとだろうが」
「でも、だって……」
リルはしゃくりあげて泣くのだった。賢い彼女は、この手当が応急処置にすらならず、ただ俺が死ぬのを傍観するしかないことをわかっているのだろう。
俺は、そんなリルの殊勝な姿がもっと見たくなった。普段のあの生意気なリルとは正反対だ。今ならキスさせてくれるんじゃなかろうか? しかしやめておこう。それは元気になったときのお楽しみだ。
俺はなけなしの力を振り絞って、胸に手を当てた。なるほど確かにどばどばと蛇口を捻ったみたいに出血が続いている。よくもまあ意識を取り戻せたもんだ。これもやはり、あいつの計らいなのか?
動き出した俺を、フィルが止める。
「サカタさん、なにをするんですか」
「大丈夫だ、ちょっと離れてろ。……スキル【男様】」
俺はもう、何も怖くない。それは恐怖を拒絶したからではない。恐怖を受け入れたからだ。そしてそれこそが、……勇気なんだ。
スキルは無事に発動し――。
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