根拠
「そんな無根拠な……」
そう言いかけて、フィルは口を閉じた。リルの体が震えていることに気づく。
はっとした。
リルは動揺しているフィルを励まそうとしてくれているのだ。だから気丈に振舞っている。本当は自分も怖くてたまらないのに。
フィルはそのことに気づいた瞬間、やっと自分を取り戻した。
リルの細い肩を優しく撫でた。
「そうですね、リル。慌てたって仕方がない。今は目の前の敵に集中しないと」
「そうよ。それに運がいいことに、親玉は城に戻ってくれるみたい」
言って、リルは背後を振り向いた。
丁度、シイナが城内に戻っていくところだった。その背中は、もうここには何の用もない、とでも言わんばかりだ。
もともと、エルドの街の人たちには、偽りの姿を演じていた彼女だ。こんなところで派手に戦闘をするわけにはいかないのだろう。
ふとフィルは夜空を見上げた。
大きな月が地上を見下ろしている。その眩しさにぞっとした。この月はまるで、死を象徴しているようだった。
「戦闘中にまた、よそ見をしよるか!」
ベルルの怒声。フィルは咄嗟に、怪我をしていないほうの手で、リルを抱えてその場から飛び上がった。
瞬間、フィルたちがいたところに、閃光弾が炸裂する。その光の玉は、爆風と共に、石畳を深く抉った。
周囲に砂ぼこりが立ち込める。それに紛れて、フィルは着地した。恐ろしい閃光弾の威力に、ごくりと唾を下す。
「あんなのが直撃したら即死です」
しかしリルは平然と言った。
「大丈夫、当たらないから」
「え?」
「丁度いい。このまま私を抱えててね。そして、私の指示する通りに動いて。おっと、その前に骨折したところを固定しなきゃ」
独り言のように呟くと、リルはフィルに抱えられたまま、フィルの腕を手当し始めた。
まず、どこからか取り出した分厚い本をフィルの腕に当てる。その上から、布で強く腕を縛り付けた。
結び終えた後、骨折した右手首がずっしりと重くなったのを感じる。しかし、その重さの分、頑強に補強されたようで、動くのが少し楽になった。
手早い応急処置だが必要十分だ。フィルはリルの手際に感心した。
「この本は添え木の代わり。固定できればなんでもいいの」
「ありがとうリルさん」
「そんなことより、走って!」
またも、閃光弾が目の前に迫っていた。リルはスキルを発動し、その攻撃をすんでのところでよける。
「そのまま、ベルルを中心にするように動き続けててね」
ベルルの猛攻撃が始まった。異様な数の閃光弾が、幾度もフィルたちに迫る。
リルの指示の通り、フィルは動き続けて、閃光弾をよけ続けた。
しかし攻撃の勢いが衰える様子はない。
防戦一方だった。
「リル! このままじゃ追い詰められちまうぜ。俺たちも攻撃しよう!」
「ううん、そんな必要はない。追い詰めてるのは私たちだもん」
「あ?」
「ベルルをよく見て」
フィルは言われた通り、閃光弾をかわしながらベルルに視線を投げた。
そして驚く。
あれほど猛烈な勢いの攻撃を繰り出していた張本人は、目深に被ったローブの向こうで、一目でわかるほど疲弊していた。
対してこちらは、閃光弾をかわしているだけだから、少しも疲れていない。
「なんで攻撃してるだけなのに、あんな疲れてんだ」
フィルの疑問に、リルは勝ち誇ったように言った。
「攻撃魔法はすごい体力を使うのよ。それこそ戦士が前線で剣をふるうのと同じぐらい。あんなよぼよぼのジジイにいつまでも使いこなせる代物じゃない」
「攻撃が当たらないと言ったのは?」
「年寄りのパンチなんかいくらでもよけられるのと同じ理屈よ。あいつの低レベルの攻撃魔法なんか、身体能力を強化したフィルには絶対に当たらない。それに、あいつの攻撃の手数が増えたのは焦っているから。戦いが長引けばまずいってことは、自分がよく知っているのよ」
「なるほどね、じゃあ……追い詰めているのは俺たちってことか!」
「その通り。そろそろ行こう!」
「おう!」
閃光弾を打ち尽くしたベルルは、あろうことかその場で尻もちをついて動かなくなってしまった。顎を上げてぜいぜいと息をついているその姿は、戦士の姿とは程遠い。
そうだ、冷静に考えたら私たちが、あんな奴に負けるわけがないんだ。
「――サカタさん、今助けますからね」
フィルはリルを抱えたまま、猛然とベルルに向かって駆け出した。
スキルによって身体能力を強化したフィルが全力疾走したら、その勢いはドラゴンに匹敵するだろう。
その勢いのままフィルは、ベルルの顔面を思い切り、蹴とばした。
「へぐっ!」
小柄なベルルは奇妙な悲鳴を上げて、いともたやすく上空に打ちあがった。夜空に涙とも血とも知れない液体の飛沫が舞い上がる。
その一撃が致命傷になったことは、蹴りを繰り出したフィルにはすぐわかった。背後で、べちゃり、と潰れたような音が響く。ベルルが地面に打ち付けられた音だろう。振り返る必要もなくその気の抜けた音は、ベルルの戦闘不能をありありと教えてくれた。
「フィル、このままサカタの方へ!」
「わかってる!」
フィルはリルを抱えたまま、サカタの方へ急いだ……。
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