死の気配
俺はそのまま後ろに吹っ飛んで、仰向けに倒れた。シイナの拳、それ自体に凄まじい衝撃があった訳ではない。
ただシイナの拳は、あまりにも鋭かった。例えばテレビで見たことがある。空手の達人が、素手でバットを叩き割る光景。鍛え上げた人間の手は、刃物にもなる。俺がくらった一撃は、正しくそれだった。
シイナの拳は俺の胸にめり込み、その奥にある心臓に、致命的な外傷を与えたのだ。
傷は、あまりにも深い。
そう自覚した途端、ごぶりと冗談みたいな量の血が、口から勝手に漏れ出た。俺は本能で悟る。
これ、死ぬな。
血を吐いたまま動けなくなった俺を、シイナは悠然と見下ろした。それから懐からアクセサリを取り出し、それを俺の鼻先に垂らす。
「貴様の男ポイントはたったの1か……奪う価値もない。妙なスキルを持っているな。これでベルルを操ったのか?」
俺は、血まみれの口の端を吊り上げて、無理やり笑った。
「教えるかよ。そんなことより、初対面のときみたいに可愛く笑ってくれよ、シイナちゃん」
シイナはにやりと笑い……俺の顔をつま先で蹴り上げた。
「ぐはっ!」
「ほざいていろ。心臓を破いた。もうお前はあと数分の命だ。せめて最後は自分の人生を振り返るがいい」
そう言い捨てて、シイナは踵を返した。それを追いかけることは、今の俺にはできない。なにしろ体がもう、ぴくりとも動かないのだ。
血が止まらない。
体がどんどん、冷たくなっていく。
「くそ……”血よ、流れるな”」
俺の悪あがきに、頭の中の声はため息をついて呆れた。
――無駄だよ。今のお前は死の恐怖に支配されている。そんなやつにスキル【男様】は使えない。
「ふざけんじゃねえ……! こんなところで死ぬわけにはいかないんだよ」
――口だけは意気がいいね。でももうこれで終わりだ。あーあ、久しぶりに骨のあるやつに当たったと思ったのによ。
「待て! 俺は……」
また、口から大量の血が流れた。わかっている。口先だけでどんなに強がっても、俺の体は死に向かっている。
「ちくしょう……」
視界がどんどん、薄暗くなっていく……。
☆
フィルは、その一瞬の出来事を目撃していた。
武器も何も持っていないシイナが、素手でサカタに向かって突きを繰り出した。次の瞬間、サカタは仰向けになって倒れたのだ。
それがどんな攻撃だったのか、フィルにはわからない。恐らく、何らかの魔法かスキルを使ったのだろうが……今、そんなことはどうでもいい。
遠目からでもわかる。サカタの胸からは、大量の出血があった。サカタは明らかに、致命傷を受けている。それも恐らく、心臓に……。
今すぐ助けなければ、大変なことになる。
「サカタさん!」
フィルはサカタに向かって駆け出した。
しかし。
その目の前に、ローブをかぶった老人が立ちはだかった。
「ここは通さん! 二度までもお前らに油断を許したら、シイナ様に殺されてしまうからな」
ベルルだ。その言葉通り、構えを取る彼には一切のすきがない。この熟練した魔法使いを制圧し、サカタを助けに行くのは困難を極めるだろう。
フィルは、強烈な焦燥にかられた。
――このままじゃ、サカタさんが死んじゃう!
瞬間、最悪の未来が走馬灯のようにフィルの脳内を駆け巡った。
もしもサカタさんが死んでしまったら……私はどうすればいいんだろう?
一人で冒険を続けることなど、私にできるんだろうか。
そんなこと……できる気がしない。
フィルは悪夢のような考えにとらわれて、一瞬、目の前の敵を忘れた。
ベルルの勝ち誇った声で、現実に引き戻される。
「すきありぃ!」
気づいたとき、フィルの目の前には眩い光の玉が迫っていた。ベルルが手から閃光弾を発射したのだ。この魔法はフィルでも知っている。魔法使いが戦闘時によく使う基本的な攻撃魔法だ。
しかし、その威力は絶大だ。
これは、サカタが食らったようなただの目くらましではなく、直撃したら致命傷を負う強力な魔法だ。
よけなければ! しかし……もう間に合わない。
死を覚悟した次の瞬間。
「危なーい!」
横から激しい衝撃に襲われ、フィルはそのまま吹っ飛んだ。まるで馬車に轢かれたような勢いだった。
そのまま受け身も何もなく地面にうち倒れる。
体の下敷きになった右腕から、ぼきり、と嫌な音がした。
たまらずフィルは苦痛に喘いだ。
「げふっ!」
そんなフィルの体の上から、のそりとリルが体を起こす。
「ふう、危ないところだった……」
リルは呑気に額の汗など拭いている。どうやら彼女は、フィルがピンチと見るやいなや、思い切り横から体当たりして、閃光弾の直撃から逃がしてくれたのだった。
しかし……。
遅れて体を起こしたフィルは、絶叫した。
「うっ……ぎゃああああああ! 腕が折れてる! 腕が完全に折れちゃってますよこれええええ!」
フィルの右手首は、向いてはいけない方向を向いていた。自覚した瞬間、激痛に襲われる。
「いってええーいていってぇええ! こんなに痛いんですか骨折ってぇええええ!」
痛みに耐えかねて大騒ぎする。
そんなフィルの頬を、リルはぺちん、とぶった。
「落ち着いてフィル! 骨折なんか大したことない。でもあんまりぶらぶらさせないで複雑骨折になっちゃうから。できるだけ固定してね! あと神経が損傷してたら重大な後遺症が残る場合もあるからそこんとこ覚悟しといて!」
「おいおいおいおい全然大したことなくないでしょうが! どーすんですか戦闘要員の私がこんな怪我をしたら、ベルルには逆立ちしても勝てませんよぉ!」
リルは、パニック状態のフィルの顔を、強い力で両手で挟んだ。
ずい、と鼻先にリルの顔が迫る。大胆不敵な表情。
「大丈夫、私にいい考えがある。落ち着いてベルルを撃退して、それからサカタを助けよう。大丈夫、サカタは私が絶対に助ける!」
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