ビビるやつ
俺の体は自分の意思とは無関係に浮遊している。手足は動かせるが、無重力状態なのでどうすることもできない。体の自由が全くきかない状態だ。
ベルルが俺に向かって両手を突き出している。どうやらこれは、ベルルの魔法らしい。
「好き放題暴れてくれおったな! ただですむと思うなよ!」
俺は空中で肩を竦めた。
「おいおい、まるで自分たちが被害者みたいな口ぶりだな。俺たちはお前らが誘拐したラールを連れ戻しにきたんだぜ」
動きを封じられているにも関わらず、全く余裕の俺に、ベルルは歯ぎしりをした。
「生意気言ってられるのも今のうちだ。どんなスキルを使ったのか知らないが、空中ではどうすることもできんだろう。このまま空高くまで浮かび上がらせて、地面に叩きつけてやる!」
「――やれやれ。空気たちよ、俺を”おろせ”」
俺の呟きと共に、俺を空中に縛り付けていた不可思議な力は消失した。俺はすとん、と重力に従って着地する。
信じられない、という顔でベルルは俺を見た。
「き、貴様、何をした」
「これが俺のスキルだ。万物が俺の命令に従う。これが【男様】だ!」
「万物が命令に従う……? あり得んそんなことは、そんなスキルは存在しない!」
ベルルは後ずさりをした。俺はそんなベルルを追い詰めるように、じりじりと歩を進める。
「信じなくても結構。さあベルル。”ラールを返せ”」
俺が発言した途端、ベルルの表情がうつろになる。このスキルがどういう理屈で人に拒否不可能の命令を下せるのか、なにもわからない。だがベルルの様子を見るに、一種の催眠なのかもしれない。
「はい、かしこまりました男様……」
ベルルは恭しく頭を下げると、踵を返し城に戻っていった。
俺は振り返り、リルに向かってガッツポーズをした。
「これで帰れるぜ」
「信じられない……あんたってすっごく強いんだ。ただの鈴カステラの変態だと思ってたわ」
「うん……鈴カステラって言うのはやめてね」
万事解決かと思われた、そのとき。
上空が何かが降ってきた。例えるならそれはミサイルだ。強烈な勢いで地面に突き刺さる鉄の塊だ。
耳を劈くような破壊音と共に、土煙が一瞬で周囲を埋め尽くす。
俺たちは何が起こったのかわからず、ただ突然降ってきたそれに対して、距離を取るしかできない。
「何を騒いでいるのかと思ったら……」
鈴のなるような綺麗な声。この声は知っている。だが、最初に聞いたときよりもすごく冷たい。
やがて、土煙の中からシイナが現れた。
彼女はもう、初対面の善人面をした女じゃなかった。
氷のような鋭い視線が、俺たちを射貫いていた。
「ベルル、お前には失望したよ」
呟きとともに、シイナの姿は消えた。次に俺たちがシイナの姿を見つけた時、彼女はベルルの前に立っていた。
ベルルは俺のスキルにより、城の中に戻り、ラールをここに連れてこようとしている。シイナのことさえも無視をして、うつろな表情のまま通り過ぎようとしている。
シイナはそんなベルルを突然、思い切りビンタした。
耳を塞ぎたくなるような破裂音。それとともにベルルは吹っ飛び、俺の目の前まで転がった。
「うわっちゃ~痛そう」
その一撃でベルルはすっかり、正気を取り戻したらしかった。
慌てて立ち上がって、周囲をきょろきょろ確認している。
「はっ、私は一体」
そんなベルルにシイナは冷たく言い放つ。
「ベルル、お前は後ろの小娘どもを相手していろ。次に失敗したら……わかっているな?」
その一言でベルルは、自分の置かれた状況をすぐに理解したらしかった。
「か、かしこまりました」
ベルルは俺を通り過ぎて、背後にいるリルたちに向かっていく……。
「待てよ。まずは俺を倒してもらおうか……」
ベルルを止めようとした俺の目の前に。
瞬きののち、シイナがあらわれる。
俺は、猛獣の檻に閉じ込められたような恐怖を感じ、全身から汗が噴き出したのがわかった。
今、対峙してすべてわかる。これほど実力に差があるのか。
「お前の相手は私だよ」
シイナは全く、平然としている。俺になど、なんの脅威も感じていない。美しい顔立ちが、かえって彫刻のような無機質さで、俺の恐怖をあおった。
俺は精一杯、強がる。
「へっ……瞬間移動のスキルか、それとも魔法か……?」
「違う。私は魔法ポイントを持っていないし、スキルも【ドレイン】という相手の男ポイントを奪うだけのものだ」
「つまらん嘘をつくな! 高い城の上から無傷で着地したり、一瞬で移動したり……そんな芸当ができるのは人間業じゃねぇ。絶対になにか、からくりがあるはずだ」
シイナはにやりと口角を吊り上げた。
「からくりは何もない。それらは全て、単なる私の身体能力で行っただけのこと」
「……馬鹿な!」
「お喋りをしにきたのか? ならお前、死ぬぞ」
シイナの不気味な笑み。俺はぞっと、背筋が凍るのを感じた。
本能が叫んだ。今、この瞬間に勝負を決めなければ、こいつには絶対に勝てない!
俺はスキルを発動した。シイナに向かって叫ぶ。
「――”そこで寝てろ”」
……だが。
スキル【男様】は発動しなかった。
「なに……」
逆立っていた俺の髪の毛は、いつもの髪に戻っている。全身に駆け巡っていた全能感も消え失せている。
頭の中で声がした。
――ビビりやがったな? ビビるやつは【男様】じゃねぇ。恐怖を感じた瞬間、このスキルは発動しなくなるぜ。
俺は呆然とする。
「まじか」
シイナが笑った。
「死ぬがいい」
次の瞬間、シイナの拳が俺の胸に突き刺さった。
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