支配
いくら女性経験のない俺でも、奴らが良からぬことを企ててるのは表情でわかった。
どいつもこいつも、まるで涎でも垂らしそうな、ふぬけた面だ。そんなに男に飢えてたのかよ。
普通の男なら喜びそうな状況だが……俺にそんな余裕はなかった。ていうか、めっちゃ怖い。
俺と彼女たちには圧倒的な力関係がある。遊び半分で殺されたっておかしくはない。
大人しくしてりゃまずい!
「よせ、触るな! むががっ!」
暴れだした俺の口を、目の前の女がふさいだ。ついでに後ろから伸びてきた手が、俺の手を抑え込む。
なんて強い力だ。俺は全く、抵抗できなくなってしまった。
「騒ぐなよ頭領に聞かれちまうだろ。大丈夫だ大人しくしてりゃすぐ済む」
まるで下卑た最悪親父のようなことを言いながら、若い女どもは俺の体をまさぐり始めた。ば、万事休すか……。
そのとき。
「や、やめてください!」
か弱く震えた声が、しかしはっきりと意思をもって、強く響いた。
俺に襲い掛かってきた女どもは、びっくりした様子で振り向いた。つられて、俺も檻の外に視線を向ける。
そこには小柄な女の子が立っていた。ほぼ半裸状態の女盗賊たちとは違って、村娘のような洋服を着ている。
彼女は勇気を振り絞ってこの蛮行を止めてくれたのだろう。細身の体は震えて、両手は胸の前で固く結ばれている。
「そんなことしたら、ルミールさん怒ります……」
その一言には、私も黙ってない、という静かな主張が込められていた。
「……ちっ!」
盛大に舌打ちをして、俺に襲い掛かっていた女盗賊どもは檻の外に出ていった。そして、乱暴にまた檻の鍵をかけると、不機嫌そうな足取りで簡易テントの方に立ち去っていくのだった。
俺ははだけた服を慌てて直しながら、檻の外の少女に礼を言った。
「あ、ありがとう。マジで助かったよ。えっと、君は」
「私はフィルって言います。雑用係として、村からルミールさんの遠征についてきてるんです。ごめんなさい、本当は檻の外に逃がしてあげられたらいいんだけど、鍵はさっきの人たちが……」
「いや、いいんだ。それにそんなことをしたらお前も危ない目に遭うだろ。俺のためにそんなことはしないでいいって」
あっけらかんと言って見せる俺。本心では、今すぐここから逃げ出したいしこの子がいなかったら泣いちゃってるぐらい怖い。しかしそんな姿は可愛い女の子には見せられないのが俺だ。
フィルは一瞬、きょとんとしてから、口元に手をやりくすっと笑った。
「変わった人ですねサカタさん。そんな状況で私の心配までするなんて」
「そうかい? でへへ」
うーむ、なんだかちょっといい感じ。俺はやはり、さっきみたいな過激な格好をした女盗賊どもより、このぐらい控えめな女の子の方が好みである。
って、フラグを感じてにやついている場合じゃない。
「なあフィル、教えてくれないか。ルミールたちは俺なんかを誘拐してどうするつもりだ」
フィルは表情をまた深刻な面持ちにして、俯いた
「ルミールは自分の支配している村の働き手を増やすために、遠征を繰り返しては男をさらうんです」
「じゃあフィルも?」
「私はもともと、その村の生まれでした。私たちの村は元々、とても平和だったんです。一年前、ルミールたちが来るまでは……」
「一つの村を完全に支配できるほど、ルミールってやつは強いのか?」
「ええ、とっても。なにしろ男ポイントが17もありますから。村の人たちは手も足も出ませんよ」
俺はがくっとずっこける。男ポイントって、なんだか気の抜ける名称だなぁ。
「その男ポイントってのは……」
と、俺の質問をフィルは小声で遮った。
「……あまりうるさくしていると、ルミールが目を覚ましてしまいます。すみません、続きはまた明日。それじゃあ」
フィルは踵を返してそそくさと檻から離れていってしまった。
取り残された俺は、体力を温存するために努めて眠ろうとした。しかし、いつまた襲われるか恐ろしくって、ろくに眠れやしなかった。
☆
次の日。
朝日が昇ってしばらく経った。
相変わらず檻の中に閉じ込められている俺は、喉の渇きを感じていた。
それもただの渇きじゃない。脱水状態だった。激しい頭痛に、眩暈。かなり危険な感じ。
考えてみればこの世界に来てから俺は、飲まず食わずでいるのだ。
檻の背面には、綺麗な小川が流れていた。誰か起きてきたらそこから水の一杯でも汲んでもらおうと思っているのだが……。
女盗賊どもはどいつもこいつも、テントの中からいびきを響かせて、誰も起きてこない。
「おーい水よこせー! ついでに飯も食わせろこのままじゃ死んじまうぞこらー!」
鉄格子を掴んで叫ぶ。
そんな俺の背後から、天使のお声が届いた。
「サカタさん、遅くなってすみません。これ」
振り向く。
小川を背にして、フィルが立っていた。その手には、パンを半分にちぎったものと、水の汲まれたカップが一杯。
天使どころじゃない。フィルのその姿が、俺には神様に見えた。
「ありがとうありがとう……」
俺は鉄格子の隙間からパンと水を受け取って、一瞬のうちに腹の中に下した。一杯だけじゃ足りなかったので、フィルは何度か小川を往復して俺に水を届けてくれた。
やがて。
ようやく人心地がつく。水でちゃぷんちゃぷんに腹を膨らませた俺を、フィルはくすくすとおかしそうに笑った。
まだ女盗賊どもは誰も起きてこない。
「いつもみなさん、昼過ぎまで起きてきません。お酒を毎晩、たくさん召し上がってるせいでしょうか。あんなにたくさん飲めるのがちょっぴり羨ましい。私は下戸だから……」
フィルは、小川で洗濯物を始めていた。その洗濯物の殆どは、女盗賊どもが好き勝手汚した下着類だ。
注文の多い奴らなのだろう。フィルは連中の下着を一つ一つ、丁寧に手もみで洗っていた。
すると時折、フィルは痛そうに顔をゆがめた。
「どうしたんだよ、怪我でもしてるのか?」
「毎日洗濯をしてるから、手が荒れちゃって」
そう言ってフィルは悪戯っぽく笑いながら、俺に手を見せてくれた。可哀そうに、年齢は俺より少し年下ぐらいだろう。そんな子の手が、年寄りの手みたいに荒れている。
俺はフィルのその手を一目みただけで、あの女盗賊どもが、彼女をどんな風に扱っているのかわかった。
あいつらは、こんなか弱い女の子を奴隷みたいに扱ってやがるのだ。
俺は怒りを滲ませながら、フィルに訊いた。
「なあフィル、教えてくれよ。男ポイントってのは、一体なんなんだ?」
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