絶対に許さん!
「リルさんは……」
フィルは俺の問いに何故か、言葉を濁す。そのフィルの態度に俺は、どうしようもない胸騒ぎに襲われる。
「どこにいるんだよ」
語気荒く迫る俺に、フィルは諦めたように言った。
「一階にいます。一階で……お店を片づけています」
「あ?」
慌てて階下に降りた俺は、唖然としてしまった。
リルはもうすっかり店内の片づけを終えているのだった。客を迎え入れるための店の様相はもう、空き家同然だ。十脚あった椅子は全て、テーブルの上に逆さまに乗せられている。そうしてリルは床をモップで掃除していた。
俺たちに気づいたリルは、あっけらかんと手を挙げるのだった。
「おお、起きたのね。体は大丈夫?」
「大丈夫かって……それはこっちの台詞だ。お前、何してるんだよ? どうして店を片づけてるんだ」
「どうしてもなにも、店を廃業するからに決まってるじゃない」
と、リルは何でもないことのように言うのだった。俺はリルのその平然とした態度に驚く。実の父親を連れ去られてしまったというのに、まるで平気そうにしている。悲しみのかの字もないのだ。
「何言ってるんだ。今俺たちがすべきことはそんなことじゃないだろう。親父さんを助けに行こう」
リルは俺の言葉に、静かに首を横に振った。
「ありがとう、気持ちは嬉しいけど……これ以上、あんたたちを巻き込めないよ」
「巻き込むって……」
「お父さんを助けるってことは、シイナの城に攻め込むってことよ。それもたった三人で。無謀なんてものじゃない。自殺と一緒よ。そんなこと、あんたたちに付き合わせるわけにはいかない」
「お前……」
「本当にありがとう、短い間だったけど、二人とパーティを組めたのはすごく、楽しかった。だからね、二人を傷つけるようなことは私、絶対にしたくない」
そう言ってリルは俯き、唇を噛んだ。その表情には初めて、悲しみがうつる。
俺は何も言えなくなった。一瞬でも、リルに怒りを抱いた自分が恥ずかしかった。リルは父親を見捨てようとしてるんじゃない。俺たちの安全を考えてくれていたのだ。
リルはモップの柄が折れそうなほど強く、握りしめた。
「そう……自殺をするのは私一人で十分。店の掃除が終わったら、私は城に向かう。それできっと、私は殺される。でも、それでいい。お父さんを見捨てて逃げるぐらいなら、死んだ方がマシ……!」
リルの慟哭ににも似た言葉が、店内に静かに響いた。
リルの決死の覚悟がこの場に満ちている。リルは賢いから、自分に勝ち目がないことが、痛いほどわかっているのだ。しかし、死ぬとわかっていても、一人逃げることはできない。だから、自分たちがいなくなったあと、誰にも迷惑をかけないで済むように、この店の掃除をしている。
父親との大切な店を、がらんどうの空き家にしてしまう。その気持ちを想像するだけで、胸がしめつけられる。
その作業を誰よりもつらく思っているのは、リルなのだ。
だけど一つ、リルは間違えていることがある。
「――くだらねぇ」
俺は呟き、履いていたジャージのズボンに手をかけた。そして思い切り下にずりおろし、まずは下着姿になる。
リルとフィルが、突然の俺の狂った行為に、騒然とする。フィルがそっと、しかしかなり強い力で、俺の肩に手をかけた。
「……え。え、え、え。サカタさん、何してるんですか? 何をするつもりですか?」
「離せフィル。俺は今からここで、うんちをする」
「え? ……どうしようサカタさんが狂っちゃった。うんちって子供みたいな言い方もきもいし。せめてうんこって言いません?」
俺は、パニック状態のフィルを無視し、今度はパンツに手をかけて、おろした。
俺の【男様】があらわになる。下半身を一糸まとわぬ姿にし、仁王立ちした俺は、なるほどやつの言っている意味がわかった。
男様は存在そのもの……うむ。確かにその通りだ。ここにしっかりと、その存在がある。
リルは俺の目の前で俺の股間を凝視しながら、呆然としていた。
「うわ……鈴カステラみたい。こんなにちっちゃいものなの?」
「聞けリル! 俺は今からここでうんちをする。だがその掃除は、今しては駄目だ。城から親父さんを連れ帰ってきて、二人で一緒にしろ」
つまり俺が言いたいことはこうだ。リルは、もう二度と自分たちはこの店に帰ってこない、そう思っているから、この店を綺麗に片付けている。
だがその考えは間違いだ、と俺は言いたい。何故なら二人はまた必ず、この店に戻ってくる。だから、今、完璧に掃除を終わらせることは許さない。掃除を終えるのは、リルとラールが二人、この店に再び戻ってきたときにすべきなのだ!
フィルがもう不審者を取り押さえるような勢いで俺の肩と腕を掴んだ。
「うん、いいから。子供に股間見せつけちゃってるから。これもう犯罪ですからねサカタさん。ちょっとこっち来てくださいね」
――リルが、突然叫ぶ。
「サカタの言いたいことはわかったよ。でも、この店にまたお父さんと一緒に戻るなんて、無理に決まってるじゃない!」
「えー? 続けますこの状況で?」
俺もまた、強く叫んだ。
「無理じゃない! 俺たちが一緒に行く。俺たち三人なら、絶対にシイナを打ち倒せる」
「無理よ! シイナの男ポイントは恐らく、2000から3000ある。そんな人に、誰も敵うわけない」
リルは声をあげながら、ぽろぽろと涙を零した。
絶対に無理だ。その言葉を繰り返しながら、誰よりも傷ついているのはリル本人だ。
「――リル、俺を信じろ」
俺はもう、だらだらと言葉を返すのはやめた。俺の言いたいことはただこの一言につきる。ただ無茶苦茶な精神論を言っているつもりはない。俺は本気だった。
ラールを連れ去ったら連中は絶対に許さない。連中は間違いなく、何かを企んでいる。
シイナ……俺は拳を握りしめる。あいつの善人面は全て噓だったのだ。その上、俺の大切な人たちを傷つけた。
あの女は絶対に許さない。
誰が男様なのか、教えてやる!
「……もう、勝手にしたら。でも、うんちはしないでね」
リルは鼻をすすりながら、そう言った。そうして少しだけ、ふふ、と笑うのだった。
「あの……いいからズボン履いてくださいよ」
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