シイナの恨み
☆
水晶の中に、男の姿が映し出されている。立派な貴族服に身を包んだ男だ。
その男は、うっとりとするようなハンサムな瞳で、シイナを見つめている。
この水晶は、リアルタイムで遠方にいる相手と通信することができる、魔道具だ。
「――素晴らしい。この成長率なら近い将来、シイナ様の男ポイントは我々、男四天王に匹敵するでしょう」
水晶の向こうで、クロフォードが感嘆を漏らした。クロフォードは、男四天王のうちの一人、エンナの側近だ。まだ年齢は若い。やっと二十歳を超えたぐらいではないだろうか。だがその実力は、四天王の中でも群を抜いている。
クロフォードの言葉に、シイナは内心で大喜びしたいのを堪え、至って冷静に返した。
「いいえ、とんでもございませんわ。私など、あなたがた四天王の足元にも及ばない。今後とも、精進させていただきますわ」
慎重に言葉を選ぶ。クロフォードは笑みを絶やさないまま、水晶の中からじっとシイナの表情を観察している。シイナはこめかみに汗が伝ったのを感じた。謙遜などではない。男四天王とシイナの間には、まだまだ大きな差がある。上っ面の誉め言葉を真に受けて浮かれていたら、すぐ蹴落とされるだろう。
だが、この男からここまでの言葉を引き出せたのだ。これでようやく、首都に戻るという目標も、現実的になった。
――十六年前、エンナがスキル【ドレイン】により、世界中の男ポイントを自分の者にしてから、シイナの転落は始まった。
シイナのスキルもエンナと同じ【ドレイン】だ。この能力はそもそも、他者が男ポイントを持っていなければ全く、機能しない。
だからあの日以降、シイナは男ポイントを全く増やせなかったのだ。
そのうち、四天王があらわれて、実力でシイナを出し抜いていき……シイナは気が付けば、このエルドに都落ちしていた。弱者はいらない、というエンナの命令だった。
そのときからシイナの胸の中には復讐の炎が燃えている。
弱者はいらないだと? ならば、必ず返り咲いてやる。
十六年の時がたち、やっと、人々の男ポイントが少しずつ、増えてきた。本当に、少しずつ……。
今ようやく、シイナはスキル【ドレイン】を存分に発動している。
積年の焦燥を晴らすかのように……!
クロフォードは水晶の中でにっこりと微笑んだ。
「あなたの元気なお顔が見られてよかった。それでは、また定期報告をお願いいたします」
シイナはそれを慌てて引きとめた。
「お……お待ちくださいクロフォード様! 私はいつ頃首都に戻れるか、お姉さまに確認していただけますでしょうか」
「なに? エンナ様に確認ですって?」
「え、ええ。このエルドでの暮らしも悪くはないのですが、そちらに残した仕事が気がかりで……よろしければ、確認していただきたいのです」
クロフォードは、口角吊り上げて笑った。
「そんな必要はありませんよ。シイナ様はもう二度と、首都に戻ることはできません」
一瞬、何を言われたのかわからず、シイナは頭が真っ白になった。
「なんですって!」
遅れて、状況を理解する。理由を聞くよりも先に、悲鳴に似た言葉が口をついて出た。
クロフォードは全く堂々として、悪魔の宣告を続けるのだ。
「エンナ様のお考えです。シイナ様の実力ではもう、首都にはいられない。エルドでのんびりと、田舎暮らしをしているのがいい、と……ふふふ」
「し、しかし先ほどクロフォード様は、男四天王に匹敵するとおっしゃっていただけたのに……」
「お世辞を真に受けてはいけません。ドレインでしか男ポイントを増やせないあなたと違って、我々はそれぞれが不断の努力を続けて、常に男ポイントを増やし続けているのですよ。エンナ様のお近くにいるためにね。……おっと、もうこんな時間だ。それでは失礼いたしますシイナ様――」
シイナの返事を待たず、ぷちっ、と水晶の中の映像が途絶えた。途端、静寂が部屋の中に満ちる。その静かさが、完全に見限られた、というこの状況をますます、象徴するのだった。
シイナはがっくりと項垂れて……水晶に拳を叩きつけた。水晶はあっけなく割れて、四散する。
破片が床に散らばった。シイナは、それを靴で思い切り、踏みつける。
「くくく……私をこけにしたことを後悔させてやる」
そのとき、こんこん、と部屋がノックされる。シイナは低い声で応えた。
「入れ」
怯えた顔の兵士が顔を出した。部屋の中の物音を聞いて、シイナが激怒している気配を察知したのだろう。
「シイナ様、例の料理人をお連れしましたが……」
シイナは、口の端が裂けそうなほど、口角を吊り上げて笑った。
「ああ、今行く」
☆
「いい加減起きてくださいよ、サカタ様ああああああ!」
耳元で響く絶叫。鼓膜が限界まで震えあがって、無理やりに俺の脳みそは覚醒した。
脳髄まで痺れる感覚とともに、俺を体を起こす。
「やっと起きた」
ベッドの横でフィルが呆れたように、腰に手を当てて、俺を見下ろしている。
ここは、ラールが俺たちに間借りさせてくれた、レストランの二階だった。意識を失っていた俺は、その寝室に運ばれたらしい。
フィルが介抱してくれたのだろう。俺のおでこには濡れたタオルが張り付いていて、体を起こしたせいでそれがぽとりと手元に落ちてきた。
「発熱していたわけじゃないんですけど、あまりに目を覚まさないから怖くなって慌てておでこを冷やしてみたんですよ。それからすぐ、サカタ様は目を覚ましました。どうやら効果があったみたい」
「俺は、一体……」
記憶が混濁していた。俺はさっきまで、暗闇の中にいた。それは夢とも言えないような、リアリティのある幻覚だった。
フィルは真剣な表情になって、そっと俺の手を握った。
「落ち着いて聞いてください。ラールさんが、連れていかれてしまいました」
フィルの言葉に記憶がフラッシュバックする。そうだ俺は、あのいけすかないベルルとかいうじじいに負けたのだ。
そして、ラールは兵士たちに連れ去られた……。
はっとする。
「リルは? リルはどこにいる」
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