油断
レストランに戻った俺たちは、信じられない光景を目撃した。
ラールが、数人の兵士たちに手錠をかけられているのだ。
彼らは今まさに、拘束したラールを連れ去ろうとする瞬間だった。
俺たちは全く状況が理解できず、呆然とした。これではまるで、ラールは罪人のようではないか。
だが彼は絶対にそんな人ではない。それは、会ったばかりの俺たちにもよくわかる。
一体、ラールに何が起こっている?
「お父さん!」
リルが叫び、駆け出す。俺は咄嗟にそんなリルを後ろから捕まえて、止めた。
兵士たちのまとう雰囲気に、殺気が混じっている。もしも邪魔立てするなら、子供でも容赦しない。そんな殺意が、兜の向こうの鋭い視線にはっきりと、含まれていた。
リルは俺の腕の中で暴れた
「離せ、お父さんが!」
「落ち着け! 俺が話す。フィル、リルを捕まえててくれ」
俺はリルをどうにかフィルに受け渡し、ラールの元に近づいた。動揺した目が俺を見つける。声をかけようとした瞬間、すぐ、兵士が俺の前に立ちふさがった。
「おいお前、近寄るなさがれ!」
「待ってくれないか。事情を聞かせてくれ。どうして彼を捕まえているんだ?」
「お前の相手をしている暇はない」
「理由を離せないならこれは不当な逮捕じゃないか!」
大声を出した俺に、兵士たちが一斉に、腰の刀に手をかけた。一触即発の空気が場に走る。俺は背後のフィルが戦闘態勢に入った気配を感じた。
しかし俺は、迷っていた。スキルを発動するのはかえって危険ではないか?
馬車での一件とは違い、目の前にいる兵士たちは少しも油断していない。怪しい動きをしたら即座に切られるだろう。なら、下手に動けば、それこそ殺し合いが始まってしまう。
と、兵士の影から、背の低いローブをまとった老人が姿をあらわした。
やつはぶつぶつと独り言を呟いた。
「さすがブリスター人の娘だ。最も効率が良い最短ルートを辿って、山から戻ってきおったか。まさか父親をさらう場面に間に合うとはな。計算が狂ったわい」
「お前、こいつらの上の人間か?」
俺はローブの老人の不気味な独り言は無視し、質問を投げた。やつは、何がおかしいのか下品な笑い声をたてる。
「正しく。私はシイナ様の側近、ベルルだ」
「なら事情を話してくれ」
「いいだろう。このラールという男は、シイナ様の男女平等政策を利用し、このエルドに潜入した男スパイだったのだ。だから私たちはこの男を捕らえて、処刑せねばならない」
「な、なんだそりゃ」
俺は唖然としてしまう。事情を聞いたところで、わからないことが増えるだけだった。ラールがスパイだと? 荒唐無稽にもほどがある。
また、俺はこのベルルと名乗る醜悪な老人が、全く信用できないのだった。
頭の悪い俺でもわかる。こいつは嘘をついている。何らかの理由で、ラールを連れ去ろうとしているだけだ。
背後でリルが猛然と抗議を始めた。
「何よそれ! お父さんはスパイなんかじゃないわ。ただの料理人よ。こんなの何かの間違いよ!」
「黙れ小娘! ですぎた真似をすると親子そろって牢屋にぶち込むぞ!」
俺は、すっとリルに向かって手のひらを向けた。
「騒がないでいいリル、ここは俺に任せろ」
俺は覚悟を決めた。今こそ、戦わなければならない。
俺は小さな声で呟く。
「――今からスキルを発動する。聞いてるか【男様】……。また俺に力を貸してもらうぜ」
暗い、水面の奥から響くような声が、頭の中で俺に応えた。
――ああ、構わないけどよ。
「なんだ? 歯切れが悪いな」
――お前、もうこのじじいに一本取られてるぜ。
「あ?」
それは瞬きにも満たない瞬間だった。
老人が俺に向かって指を向けた。
次の瞬間。
眼前で突如として、閃光が炸裂した。それは凄まじい光の爆発だった。視界の全てが、真っ白になる。
声を上げる間もない。
気づけば俺は、意識を失っていた。
☆
リルは、喉の奥から血の味がするほどの悲鳴をあげた。声を抑えることはできなかった。
サカタが突然、眩い光とともに倒れてしまったのだ。
「サカタ! ねえ、しっかりして!」
リルは、フィルを振り払って、倒れたサカタに駆け寄る。
仰向けに倒れたサカタは、目を閉じてぴくりとも動かない。外傷はない。すぐ、瞼をめくって瞳孔の動きを確認する。光には正常に反応した。ただの失神状態だ。ひとまず、ほっと胸を撫でおろす。
その様子を眺めていたベルルが、下品な声で笑った。
「安心しなお嬢ちゃん、ちょっと驚かして気絶させただけだよ。この男、どうやら何かのスキルを持っているようだったからね」
「酷い……どうしてここまでするの」
「おいおい、悪党扱いはやめておくれ。私たちはただ、お前の父親の犯した罪を裁かなければならないだけさ」
「罪なんて……私のお父さんはただ、レストランを経営していただけよ」
「それこそが仮の姿だったのさ。お前の父親の本性は、狡猾な悪魔さ」
違う! そう叫びたいのを堪えて、リルは地面に手をついた。ベルルに向かって、懇願する。
「お願い、これはなにかの間違いよ。もう一度調べなおして。お父さんを連れて行くのはやめて」
「けひひ……乙なもんだね幼い少女の哀願する姿は……。ぞくぞくしてしまうよ。だけどねお嬢ちゃん、私らの調査に間違いはない。このラールという男は間違いなく、悪党だ」
「お願い! お父さんは悪い人じゃない!」
「しつこいな……これ以上私らの仕事の邪魔をするなら……」
そのときだった。
突然、ラールが怒鳴り声をあげた。
「やめろリル! もう下がっていろ」
「お、お父さん、どうして? お父さんはなにも悪いことをしてない。そんなの、私がよくわかってるよ」
ラールは、血走った目でリルを睨みつけた。そしてまた、突き刺すような勢いで怒号するのだった。
「馬鹿な娘だ! ベルルの言う通り、私はスパイだったんだよ。私を妄信するお前は、騙しやすくて助かったもんさ! あーははははは!」
ラールはのけ反って哄笑した。
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