古代語の話者
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まず、そのモンスターを目の前にした瞬間、俺とフィルは状況を全くは把握できていなかった。
リルだけが、顔面を真っ青にして、深いため息をついた。
そうして、諦念のこもった調子でこう言うのだ。
「ごめん、私たちここで全員死ぬかも」
「はあ?」
俺たちの目の前には、鹿に似たモンスターが立ちふさがっていた。
しかし鹿のような愛らしさは一切ない。その顔は、深い年輪のようなしわを刻んだ人間の老人なのだ。
そしてその顔は顔全体をくちゃくちゃにして、不気味に笑っている。
額から伸びる角は、鋭さの欠片もなく、枯れ果てた枝のよう。
瘦せこけた体は、敏捷な動きなど不可能に見える。
全く弱そうなモンスターだった。
だが、そのモンスターがあらわれた瞬間から、何故か悪寒がとまらない。
リルの、ここで私たちは全員死ぬ、という言葉。
それが真実にしか思えないほど、目の前のモンスターには不可思議な恐ろしさがあった。
「リル、なんなんだこいつは」
「こいつは超レアモンスターのバボよ。遭遇確率は0.005%ほど……。普通に過ごしてたら、絶対に会えないモンスター。だけど、私たちは運が悪かった」
フィルは既にスキルを発動していた。だが、バボを目の前にしてやはり、動くことができないでいる。
「こんなやつ、絵本の中にしか存在しないモンスターだと思ってたぜ。すまねぇアニキ、動けねぇ。動いたら、殺されるのが本能でわかるんだ」
リルがそっと前に出た。
「うんそう、絶対に動かないで。普通に戦っても敵わない。ここは私がどうにかする」
「リル、こいつは何をしてくるんだ」
「古代語を操って、話しかけてくる」
「えっ? それだけか?」
「そう。だからこっちも古代語で応答して、彼を会話で楽しませなければならない。でなければ私たちは呪いにかかって死ぬ。あの不気味な笑顔は、これからどんな話をできるだろうか、って楽しみにしている顔よ」
そのとき。突然、モンスターがしゃべり始めた。
「――~~~~・~・・~~~~・・・・・~」
聞いたこともないような、不快な発声だった。これが、言葉なのか?
本能的に、耳を塞ぎたくなる。しかし、これもまた本能が拒絶した。こいつの声を少しでも無視したら、殺される。それがわかった。
リルが意を決したように頷いて、その不可解な言葉に返事をした。
「・・・・・・・・――~~~・・~~・~~」
バボとは違って、たどたどしく、けっして流暢とはいえない発音だったが、はっきりと言葉になっていた。
恐怖のためか、フィルが震え始めた。
「む、無茶だ」
「なんだ?」
「古代語は、全く研究の進んでいない言語で、もうこの世界に古代語を操る話者はいないんでさぁ。古代語を操って会話し、バボを楽しませるなんて、不可能だ」
「そうか……でも、俺たちは信じるしかない、だろう?」
「そうですね……あ、あれ? アニキ、あれをみて!」
バボとリルが、腹を抱えて大笑いを始めていた。
信じられない光景に、俺とフィルは呆然とする。
さっきまで、肌を焼くような殺気に満ちていた場の雰囲気は霧散し、リルとバボの笑いあう声が周囲に響いた。
「~~~! ・・~・~~――~~・!」
「・・・! ――・・・~~~!」
古代語で爆笑する二人。
俺とフィルはぽかん、と口を開けて目の前の光景が信じられないでいる。
古代語で会話して楽しませるって……こんなレベルで笑いあえるもんなのか?
俺たちは置き去りにされるまま、彼らの長話が終わるのをただじっと待つしかなかった。
たっぷり数十分は経っただろうか。
バボは、笑いすぎて涙を流しながら、ようやく帰っていった。途中、名残惜しいのか何度もこちらを府返って、ぺこぺことリルに会釈していた。こうしてみると普通の老人である。
リルはバボが去ったあともしばらく、おかしそうにくつくつ笑っていた。
「あーおっかしい! あのおじいちゃん、意外と下ネタ好きで、私まで大笑いしちゃったわ!」
「喋りすぎだろう! 適当なところで話を切り上げろよこっちはいつ殺されるかひやひやしたわ!」
でも、とフィル。フィルは既にスキルをといて、いつもの彼に戻っていた。
「リルさん、どうして古代語を喋れるんですか? そんなこと、ありえるんですか?」
「ああ昔、ちょっとだけ趣味で研究したことがあるのよ。五歳ぐらいのころだったかな? その頃は暇でね~色んな研究をしてたわよ」
と、あっけらかんというリル。俺とフィルはまた呆然として、顔を見合わせた。
ひょっとして俺たちは、とんでもない天才を仲間にしたのかもしれない。
俺は、喜びをわかちあうように、思い切りリルの頭を撫でた。
「――でかしたリル! お前のおかげで助けられた。お前は俺とフィルの命の恩人だ!」
「ちょ、ちょっと髪は触らないでよ髪形が崩れるでしょ」
フィルもまた、リルに抱き着いた。
「髪形なんかどうでもいい! リルさん大好き本当にありがとう!」
「ねえあんた女のふりしてるけど男だよね? 少女によってたかってくっついてくる男二人のこの絵面、世間的にまずくない?」
俺はリルがあまりにも頼もしい仲間であったことが判明したせいか、リルへの信愛の情が爆発していた。
「固いこと言うなキスさせろ!」
「きっしょ……絶対無理」
「馬鹿野郎勘違いすんな。俺は尊敬している相手にはキスがしたくなんだよ。だからこの世界に来る前はよく親父ともキスしてた」
「きっっしぇぇ~! 近寄るな変態!」
それから俺たちは山道を下ってエルドに戻った。
口ではあれこれ言いつつも、リルもこのパーティでの手ごたえを感じたのか、帰りは余計に明るくなってよく喋った。
それは俺とフィルも同じだった。
このパーティはうまくいく。俺たちはすごいことになるかもしれん。
そんな期待に胸を膨らませて、街に戻った俺たちだったが……。
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