リルの宝物
「ああ、そうだな。悪いけど俺たちは行くよ」
俺は有無を言わさず立ち上がる。そろそろ長旅で疲れた体を癒すべく、宿に向かいたいのだった。
リルももう、俺たちを引きとめようとはしなかった。
「うう……仕方がないか。また別のパーティーを当たってみるよ」
「言い心がけだ。若者はそうじゃなきゃな。それじゃあリル、応援してるよ」
言って、俺は喫茶店をあとにしようとする。
そんなところで、突然フィルが大声をあげた。
「あー!」
俺はびっくりして立ち止まった。
「なんだよフィル、驚かすなよ」
「な、ない」
フィルは青ざめた顔で、リュックの中身をあちこち探していた。嫌な予感がする。
「なんだよ、ないって」
「財布がないんです。ここの会計をしようと思って取り出そうとしたんですけど……」
「お、落としたのか?」
「いやそれはないですって! しっかりリュックの中にしまっていましたから」
俺たちのやりとりを聞いていたリルは、くすくすと笑いだした。
「多分あんたたち、財布をすられたのよ。エルドでは、おのぼりの冒険者はスリの絶好のかもだから。あんたたちを見た瞬間におのぼりさんってわかるわよ。だから私も声をかけたんだから」
「そんな! あのお財布には全財産が入っていたのに」
俺は頭を抱えたフィルにつかみかかる。
「ちょっと待てよじゃあ、今の俺たちはまるっきり無一文ってことか?」
フィルは言葉もなく、ただゆっくりと頷いた。
これはまずいことになった。俺たちはまず宿に拠点を作ってから、ギルドに向かうつもりだった。明日にでもギルドで冒険者登録をして仕事を始めるつもりだったのだ。そうでなければ、もうお金がない!
それが、無一文となると、登録料すら払えないではないか。
「最悪だ。俺たちに残された選択肢は、物乞いしかない」
絶望する俺は、静かに席に戻った。この店のお茶代すら払えなくなってしまった。
こうなりゃ、リルに金を借りるか? いやこんな子供、大した金もってないだろう。あてにするだけ無駄だ。
「なんか失礼なこと考えてる?」
リルはむくれた顔で俺を睨んだ。俺はしっしっと手でそんな視線をはらう。
「さっさと行きな。こんな無一文の大人と一緒にいるとお前も同罪だと思われる。食い逃げの罪に問われるのは俺たちだけでいい……」
「何言ってんのよ。ここの会計ぐらい私が出してあげる。そのぐらいは持ってるんだから。そんなことより、あんたたち行くところがないなら、お父さんのレストランに来ない?」
「え?」
「二階の部屋が空いているの。そこに住まわせてあげるから、私とパーティを組んでよ!」
リルはキラキラした目で、俺たちにそう迫った。俺とフィルは顔を見合わせて……。
☆
「やあ、いらっしゃい。日中はお店が忙しくてお構いできないけど、生活に必要なものは全部揃ってるから、自由に過ごしてくれて構わないよ」
リルの父親、ラールは穏やかな笑顔で俺たちを迎え入れてくれた。年齢は三十半ばほどだろうか。清潔な白の料理人服に身を包んでいる。そして短く借り上げた髪はリルと同じ、金髪だった。
ここはラールとリルが切り盛りしているレストランだ。結局、俺たちにはリルに頼る以外の選択肢がなく、ここで世話になることを決めた。
「申し訳ありません、お世話になります」
フィルは慇懃に頭を下げた。俺もそれにならう。
ラールはそんな俺たちを快活に笑った。
「そんなにかしこまらないで。リルが無理を言ったんでしょう? こちらこそ申し訳ない」
「いえいえそんなことはありません。とても素晴らしい人格をお持ちの娘さんですよ」
爽やかな笑顔を浮かべる俺の脛を、リルが思い切り蹴っ飛ばした。
「さっきと全然態度が違うのむかつく!」
「いってー! なにすんだこのガキ!」
ラールは俺とリルのやり取りを見て、また笑うのだった。
レストランの店内はこじんまりとしていて、全てテーブル席、合わせて十席ほどしかない。
「この方が全てのお客さんに目を配れるんですよ」
とラールは嬉しそうに語った。彼は、この店を本当に大事にしているようだった。
「お父さんはお客さん一人ひとりを大事にする、すごい腕前の料理人なんだから!」
そしてリルも、そんな父親をとても誇りに思っているのが伝わってきた。
その後、俺たちはラールの手料理をごちそうになった。母親の手料理か、チェーン店で外食ぐらいしかしたことがない俺には、プロの料理人が振舞う品々は、全く未経験の美味さだった。
長旅で冷たい食事しか摂ってこなかった俺とフィルは、我を忘れてラールの料理に夢中になった。
リルが目を輝かせて父親を自慢する。
「お父さんの料理はすごいでしょう! 男ポイントだって、この間ついに、10を超えたんだから」
「ん? それってどういう意味だ?」
咀嚼しながら首を傾げる俺に、フィルが補足してくれた。
「冒険者以外の普通職についた人は、その職業の経験値で男ポイントがあがっていくんですよ。男ポイントが10もある料理人は、三ツ星レストランのシェフに匹敵する腕前です」
わかりやすい例えに俺は感嘆する。
「へー! それはすごい。じゃあ俺たちは今、すごく貴重な料理を食ってるんだなぁ」
ラールは照れたようにはにかんだ。
「お恥ずかしい。普通、我々ブリスター人は独立したら学者になるか、お国のために働く役人になるんですがね。私はエンナのために働くつもりにどうしてもなれず、この道を選んだんです。一族からは随分反対されましたが……」
言葉を区切って、ラールは隣にいたリルの頭を愛しそうに撫でた。
「この子だけが私についてきてくれた。この子は私の宝物です」
リルはそんな父親に、思い切り抱きついた。
「ううん、お父さんこそ私の宝物よ。この店とお父さんが、私の一番大事なものなんだから!」
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