思惑
☆
――シイナは、城内からさきほど突然ここにやってきた男たちを、窓から見下ろしていた。
「ちっ! うっとうしい間抜けめ!」
怒りを滲ませて口の中で舌打ちをする。必要な演技とはいえ、ああいう馬鹿を相手にする労力は耐え難いものがある。
しかしそんなストレスも、日に日に自分の男ポイントが上がっていくのを感じれば、霧散してしまう。
部屋の扉がノックされる。
「シイナ様、本日の生贄をおつれしました」
生贄という大仰な呼称は、シイナが自ら部下に呼ばせている。この方が、邪悪で、凶悪な感じがするからだ。
シイナは口の端をにい、と吊り上げる。実際の年齢を全く想像させない若々しい美貌が、窓ガラスに映っている。
「入れ」
シイナは窓から離れて、部屋に入ってきた彼らを招き入れた。
二人の兵士の間で、怯えた男が拘束されている。
男はシイナの姿を見つけると、助かった、と言わんばかりに胸を撫でおろして、涙ながらに訴えた。
「シイナ様! ああ、よかった。この兵士たちが突然、何の罪もなく私を捕まえたのです。あなた様なら私が大いなる勘違いによってとらわれているとすぐにわかってくださるでしょう。私はシイナ様のお考えに共感してこの街にやってきました。シイナ様のおかげで私は、希望の職業につけたのです。そのおかげで男ポイントがあがってきた矢先に、まさかこんなことが起きるなんて……」
シイナは男の言葉をすべて無視し、男石を目の前の男に向けた。
男ポイントがあらわになる。
「男ポイントが10を超えたか。ふふ……素晴らしい」
「し、シイナ様? なにを……」
シイナは男の顔面を強い力で鷲掴みにした。恐怖にひきつった眼が、指の隙間からシイナを見上げる。
「スキル、【ドレイン】!」
シイナの声とともに、男の持っているポイントが、シイナに移動していく。ポイントの移動は目には見えないが、このスキルを発動した時、全身のオーラが可視化されるので、シイナの凶悪な搾取の様子がはっきりと目に見える。
緑色のオーラが、手を伝ってゆっくりと、シイナにうつっていく。
男は苦悶の表情で喘いだ。
「あああ……」
この【ドレイン】というスキルは、この世界でエンナとシイナだけがもつ特別な能力だった。
しかし、その規模はエンナと比べるまでもない。エンナは十六年前のあの日、一瞬にして世界中の男から男ポイントを奪った。シイナにはそんな大規模な【ドレイン】は発動させることはできない。
こうして一人ずつ、ちまちまと男ポイントを奪っていくしかない……。
「くそっ!」
シイナは怒りを吐き捨てた。
ポイントを奪われた男は、どさりと音を立てて倒れる。頭髪はすっかり白髪になっていた。
こうなってはもう二度と、社会復帰はできない。それはすなわち、二度と男ポイントをあげることができない、ということだ。
シイナは手をハンカチで念入りに拭いた。
「こいつはもう、用済みだ。いつも通りに処理をしろ」
「はっ!」
兵士二人が男を抱えて部屋を出ていった。その足取りにははっきりと恐怖が見て取れる。
シイナは、この【ドレイン】というスキルを使って、男ポイントを搾取するために、エルドに男たちを集めていた。
この街に夢を抱いてやってきた男たちはみんな、シイナに感謝する。シイナを疑うこともせず一生懸命働き、男ポイントをあげていく。
結局、シイナに全て奪われてしまうというのに。
シイナはにやりと口角を吊り上げた。
「くくく……次の獲物を探さなければな」
また窓から街を見下ろす。そういえば最近、評判になっているレストランがあるらしい。そこの料理人はさぞ、男ポイントをあげていることだろう。
「くく……」
不気味な押し殺した笑いが、誰もいない部屋にひっそりと響いていた。
☆
「私のお父さんはレストランで料理人をやっているの。最近、物好きな客がやってきて、珍しい野草を使った料理が食べたい、と言い出したのよ。その植物は冒険者しか立ち寄れないような、危険な地帯に生えている希少な植物だった。私はね、それを手に入れるために、ギルドで冒険者登録をした。そうして今度は仲間を集めようと思ったんだけど……」
「誰も仲間になってくれなかった、ってわけか」
俺の呆れたようなものいいに、リルはぱん、と机を叩いて怒った。
「はっきり言わないでよデリカシーないわねぇ!」
「はっきり状況を把握しないと始まらないだろ?」
俺はこの怒りんぼうな少女の扱い方が少しわかってきていた。いちいち感情的になって相手してたらきりがない。やはり子供。適当に流してやるのが一番だ。
俺たちは街中の喫茶店に移動し、リルの話を聞いていた。そうでもしなければこの少女は、永久に俺たちに付きまとい続けそうだったからだ。
リルはうむ、と顎に手をやる。
「それもそうか……」
「素直か」
フィルがリルにきいた。
「どうして仲間になってくれる人があらわれなかったのか、理由は自分でわかっているの?」
リルは唇を尖らせる。
「うん……私はまだ子供だし、できるクエストに制限があるのに、使えるスキルもないから仲間にするメリットは少ないよね。それは自分でもよくわかってるよ」
ふむ、的を得た答えだ。そこまで常識外れな子でもないらしい。
「そこまで自分でわかってるなら話は速い。俺たちだって、慈善事業でやっているわけじゃないんだ。簡単にお前を仲間にしようとは言えないんだよ」
リルは慌てた様子で言葉をつづけた。
「で、でもでも! メリットはないわけじゃないわよ!」
「なんだよ?」
「例えば私は可愛いし、一緒にいたら癒される」
「可愛くても怒ってばっかりな子はやだぞ」
「うぐ……あと、若くて肌がぷりぷりだから触ると気持ちいい」
「触れるか!」
俺たちのやりとりを聞いていたフィルは肩を落とした。
「やっぱり難しいですね。力になってあげたいとは思うけど……」
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