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修道院の聖堂は、豪華さはないが常に清潔に整えられている。祈りの時間が終わると、一人の村人が、重そうな足取りで中に入ってきた。


フェリシティは聖堂の掃除をしていて、ると村人に気づいて笑いかけた。


木の壁越しにこちらを覗く相手の声を待ちながらも笑顔は崩さない。

人の話を聞く時の鉄則だ。


修道院はろうそくの薄明かりに包まれ、外の静けさが心地よく響いていた。フェリシティは木の椅子に座り、小窓越しに聞こえる彼の声に耳を傾けていた。


「聖女様……私の畑が、毎晩イノシシに荒らされて困ってるんだ。あ、いや、困っているん…です。作物がもうほとんど残って、いません……」


フェリシティはしばし沈黙し、軽く息をつ

いた。


「まあ、それはお困りですわねぇ」


「イノシシは神聖な動物です。どうすれば良いか、えー、いいですか?」


「イノシシは賢くてしつこい動物ですから、一度畑の味を覚えるとなかなか離れないのですわ」


その言葉に村人がうなだれる音が聞こえた。


「そうなんです……毎日祈っているのですが、状況は変わらなくて……。どうしたら良いでしょうか?」


「祈りも大切ですけれど、知恵を使うこともまた神様が喜ばれる行いですのよ。ですから、具体的な対策をご提案しますわねぇ」


フェリシティは軽く咳払いをしながら、丁寧に語り始めた。


「まずは、畑の周りに柵を立ててはいかがですの?木や竹で作る簡易なものでも十分効果がございますわ。ただし、イノシシは力が強いですから、柵は地面にしっかり固定してくださいねぇ」


「柵ですか……それで効果があるのでしょうか?」


「ええ、さらに工夫するなら、畑の周りにイノシシの嫌う匂いを撒くのも良いですわねぇ。例えば、ウリ科の植物や唐辛子の粉を混ぜた液体などが効果的ですの。イノシシは嗅覚が敏感ですから、嫌な匂いがすると近寄らなくなるのですわ」


「なるほど……ですが、それでもダメだったら?」


フェリシティは微笑みを浮かべたまま、さらに続けた。


「では、光や音を利用するのも良いですわねぇ。畑の周囲に鏡を設置して光を反射させたり、金属をぶつける音が出るような仕掛けを作ると、イノシシは驚いて逃げますわ」


「そんなことで本当に……」


「ええ、ですが、それでもイノシシが諦めないようなら……罠を使うのも一つの手ですわねぇ」


フェリシティは穏やかに語る。


「イノシシを傷つけずに捕まえるための罠として、大きな檻を設置してくださいませ。その中にイノシシの好む果物や穀物を入れるのですのよ。彼らは食べ物の匂いに引き寄せられるので、簡単に入ってくれますわ」


「檻ですか……なるほど、神聖な動物ですから、傷つけずに追い払えるのなら、それが最善かもしれません」


フェリシティは優しく頷きながら、少しだけ声を低くして付け加えた。


「ですが……それでもダメな場合には、もう一つ手段がございますの」


「……何でしょう?」


フェリシティは少し間を空け、微笑みながら語った。


「最終手段としては……食べちゃいなさいませ」


「た、食べる!?神聖なイノシシをですか!?」


懺悔者の声が震える。


「イノシシは美味しいらしくて、栄養価も豊富だそうですわよ。山の恵みとしては最高級かと」


「あの……」


「ええ、ええ。もちろん冗談ですわよ。でも、どうしても畑を守りたいなら、イノシシを村の神聖な場所に送り出す儀式を行い、その後で……食材としていただくのも現実的ではなくて?」


懺悔者はしばし沈黙し、やがて戸惑い混じりの声を漏らした。


「……そ、それは……考えたこともありませんでした……」


懺悔者が静かに部屋を後にすると、扉の外で待っていたアレクシスが呆れたように現れた。


「お前、最後のは何だよ。食べろって……本気で言ったのか?」


「あら、兄様。聞いていらしたんですのねぇ?」


フェリシティは軽く笑いながら答えた。


「まさか本気でそうしろと言ったわけではありませんわ。ただ、追い詰められた人に少しだけ選択肢を増やして差し上げたのですのよ」


「お前の言う選択肢は、突拍子もないのばっかりだな」


アレクシスは肩をすくめつつも、少しだけ微笑みを浮かべていた。


「まあ、兄様。知恵の聖女たるもの、時には少し意外な方向から問題を解決するのが仕事ですわ」


「意外すぎるんだよ……ったく」


アレクシスは苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。


「お前、本当に聖女なのか?」


アレクシスは懺悔室に入ってくるなり、鋭い目でフェリシティを見つめた。

フェリシティはにっこりと微笑みながら、あえて質問には答えなかった。


「お前、あんな適当なことで村人が救われると思ってるのか?」


「適当だなんて、心外ですわねぇ。わたしはただ、村の皆さんが気持ちよく罪を清算できる方法をお教えしただけですのよ」


「適当だろうが。……食べるとか」


「ふふ……偽聖女の言葉ですもの、それくらい大胆な方が効きますわねぇ」


「偽聖女?」


アレクシスはフェリシティの言葉に少し眉を寄せた。


「偽聖女……って、お前、何を言ってるんだ?」


フェリシティは立ち上がり、アレクシスの横を通り過ぎながら微笑んだ。


「まあまあ、兄様。そんな深刻に考えることじゃありませんわよ。神様はお優しい方だと伝えるのも、わたしの役目ですの」

「……ふざけるなよ。お前、本当に聖女をやる気があるのか?」


フェリシティはくるりと振り返り、いたずらっぽく笑う。


「さあ、それはどうかしらねぇ。わたしは聖女を追われた身ですし。ただ、お 兄様。わたしの正体は、もっと深く掘り下げてみると面白いかもしれませんわよ」


アレクシスはその言葉に一瞬戸惑ったが、すぐにため息をつき、頭を軽く振った。


「お前……本当に掴みどころのない奴だな」


「ふふ、ありがとうございますわ。それが兄様の褒め言葉だと受け取っておきます」





夕暮れの修道院の廊下を歩く二人。フェリシティは軽やかに歩きながら、背後のアレクシスに振り返った。


「それにしても、村の皆さんの相談って、本当に面白いものですわねぇ。兄様も、何か相談したいことがあればお聞きしますわよ?懺悔でも良いのですが」

「俺が懺悔することは何もない。お前の懺悔を聞きたいくらいだ」

「まあ、兄様ったら。それは今度ゆっくりお話ししますわねぇ……いつかその気になったら」


フェリシティの言葉に、アレクシスは再び呆れたように肩をすくめたが、その表情にはどこか諦めと微かな笑みが混じっていた。


「さて、帰りましょうか。といっても、隣ですが」






修道院の小さな食堂には、焼きたてのパンと野菜のスープの香りが漂っていた。フェリシティがエプロンをつけたまま、スープを鍋から器に取り分けている。


「今日は一生懸命作りましたのよ。ミリナ様、兄様、どうぞ召し上がってくださいませ」


ミリナが微笑みながらパンを手に取る。


「フェリシティ、本当に綺麗にスープを作ったのねぇ。こういう温かい料理は心まで癒してくれるわ」


アレクシスは椅子に座り、腕を組んだまま鍋の周囲をじっと見つめた。


「……お前、頑張ったのはいいが、鍋の周りが汚れてるのを見たら少し心配になるんだが」


フェリシティは鍋の蓋を閉めながら微笑んで言い返す。


「まあ、兄様。そんなに細かいことをおっしゃらずに、一口飲んでから感想をくださいませ」


フェリシティはにこりと笑った。

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